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第42条(Rule Forty-two)

42という数字にキャロルは特別の愛着を持っていた。
『スナーク狩り』の序文(1876.)には海事法の第42条が引用されているし、第1発〔Fit THE First〕第7連では、Baker(パン焼き職人)が念入りに42個の荷物を梱包して、乗りこんで来る。
やはりキャロルの書いた詩「ファンタズマゴリア」(1869.刊)のナレーターは、42才という設定だ。
以上のエピソードはロジャー・グリーンのオックスフォード版注釈と、ガードナー『新注アリス』(1990.)の両方に記載される一般的事実。
『不思議の国』には、テニエル画伯のイラストが42枚 挿入されている。*

ガードナー『決定版 注釈アリス』では特に新説は採られてないが、第1章でアリスがウサギ穴を落ちていく場面の注も参照せよ、と付記している。そこには地球の中心を通って反対側に、重力だけで到達するには(空気抵抗などを度外視すれば)42分と少しかかるという注釈が書いてある。これは落下速度と地球の円周から割り出せるらしく、数学者キャロルはこういう問題にも関心のあったことは間違いない (『不思議の国』執筆時に、そんなことまで考えていたかは疑問だが)。
この種の数秘学〔numerology〕的こだわりは、話題として面白く、いろいろと研究もされている。
ふつうに興味のある読者は、とりあえず邦訳の『新注 不思議の国のアリス』に目を通すくらいで十分だろうが、Web上では、日本キャロル協会機関誌《ミッシュマッシュ》の編集者でもある木場田由利子氏がその道の専門家のようだ(→サイト『キャロルと42の世界』)。

だが、キャロルを偏執的にオカルティックな人物と捉えるなら、それは誤りだろう。
『不思議の国』のこのシーンでは、王様のでっち上げた42条が、「最も古い規則は 1条のはず」というアリスのシンプルな論理に圧倒される。考えてみるとアリスの反論も、およそ現実的ではないわけだが、そんな「子どもの論理」が、キャロルお気に入りの数字を駆逐したことにこそ注目したい(『スナーク狩り』においても、42個の荷物は陸地に置き忘れられる運命だ)。
このようなバランス感覚が『不思議の国』のポピュラリティを支えているとも言え、また、その感覚の冴えがキャロルの後期作品では徐々に失われていくとも言えようか。
 この項で当初、『不思議の国』でイラストを42枚とする予定だったが直前に変更され、50枚になったという話を紹介していたが、キャロル協会の木下信一氏よりイラストが50枚なのは『鏡の国』である、との指摘をいただいた。この誤りは『新注 不思議の国のアリス』を そのまま引き継いだものだが、かなり初歩的な確認不足と言える。記して謝意を表しておきたい。