探偵小説家・天城 一 の最初 の作品が 「不思議な国の犯罪」(「不思議の国の犯罪」) であることは、ルイス・キャロルへのオマージュと受け取れ、いかにも 数学者 兼 作家 という自覚を感じさせるが、
この作品を “デビュー作” に選んだのは江戸川乱歩で、必ずしも天城本人の意思というわけではないようだ。
天城は乱歩を追悼した 「乱歩先生の思い出」〔《推理小説研究》創刊号、1965.11.〕 の中で、次のように書く (乱歩の死は、65年7月28日)。
戦後の混乱のさ中だった。数学の窓も閉ざされてしまって、退屈していた私は、自分一人のための探偵小説を書きつづっていた。
なにごとにせよ、創造する心を絶してしまわないための、一つの試みだったのだろう。
乱歩先生のどの御随想であったか、いまとなっては思い出せないが、日本の探偵小説におけるトリックの創意が乏しいと なげかれた一文を読んだ私は、
〔中略〕 ノートに横書きに書きつけてあった短編三つを、原稿紙の縦書きに直すだけで、御手許まで送りつけた。
〔中略〕 間もなく、先生から長文のお手紙を頂いたのには、恐縮せざるを得なかった。先生は、〔中略〕
まづ私をたしなめられながら、『着想と論理』を買われて、三篇の中の一つを 『宝石』 に推せんして下さった。
すなわち、この作品が 「不思議な国の犯罪」 というわけだ。
残念ながら、その後私は、創造力のすべてを振りしぼってもなお足らぬ数学の研究に追われて、先生の御期待には添いえなかった。
ほとんど一年後には筆を絶った形になり、その後は一二の小品を発表したにすぎなくなってしまった。
一年後に筆を絶ったというのは、やや極端な表現で、作品は断続的に発表され続けていた。
アンソロジーに天城の作品が採られることは少なくなかったし、同人雑誌の特集や個人出版の本も存在するが、
2004年刊行の日下三蔵 編 『天城 一 の密室犯罪学教程』 (日本評論社) が初の商業出版と言える。
これの好評を受け、2005年には、やはり日下三蔵の編集で 『島崎警部のアリバイ事件簿』 が発売された。
故・鮎川哲也に献辞を捧げた、鉄道ミステリがメインの短編集だ。
追記。 2006年には長篇を含む 『宿命は待つことができる』 も上梓されたが、天城 一氏は 2007年 11月9日、肺炎のため死去した。88歳。