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「変すぎ、すぎるわよ!」とアリスの悲鳴
(“Curiouser and curiouser!”cried Alice)

「正しい英語」では、more and more curiousとなる。

拙訳の長所は、間違った「比較級」の連続を、どうにか日本語で再現したところ。
この句は『不思議の国』以来、英米人が好んで引用するくらいだから、それほど口に出して恥ずかしくないものを、とも意識した。


ここは戦前の翻訳では、日本語の洒落として訳されることがほとんどなかった箇所。
例えば鈴木三重吉の「おやおや。へ、へ、変だわ。」という訳は、解っているなと感じさせるものの言葉遊びにはなっていない。
子どもらしい言い間違いと考えて、明確に訳語に移し替えたのは長澤才助訳(1928.)『おろろいた。おろろいた。』くらいか。

言語遊戯に秀でた岩崎民平訳でも「いよいよますます奇妙きてれつだわ!」で、続く説明部分を (しばらくは立派な言葉が口に出なかったのです。)と微妙に改変することで、なんとか文意を通している。
多田幸蔵訳は「いよいよもって奇妙きてれつだわ!」と、岩崎訳を引き継いだが、却って“正しい日本語”に直してしまった。
石川澄子訳 「いよいよもって奇妙てけれつかま不思議」
柳瀬尚紀訳 「奇妙れてきつ! 奇妙れてきつ!」
旧〈岩波少年文庫〉版の田中俊夫訳 「まあ、へんてこれんな!」は、芥川龍之介・菊池寛訳 「變ちきりん、變ちきりん。」、もしくは楠山正雄訳 「へんちきりんだわ。へんちきりんだわ。」を参照しつつ、言葉遊びの要素をはっきりさせたもの。
福島正実訳 「変てこりんなの、おかしいの!」
芹生 一訳 「てこへんだわ。ほんとにてこりんへん。」〔原文、太字で示した部分が傍点〕
北村太郎訳 「てこへん、へんてこ!」。
矢川澄子訳 「へんてこんて、へんてこんてぇ!」
最初この矢川訳を読んだときは、アリスの台詞にしては、いくらなんでもクセが強すぎるだろうと思ったが、注意して読むと、先行の訳を継承しながら、“Curiouser and curiouser”の、まどろっこしい語感を表現しようとしたものだと解る。
ただ、原文を知らない読者の目に、いささか異様に映ることは避けられない。
脇 明子訳 「まあ、へんてこてんだわ!」

高橋康也・迪訳  「あらあら、妙だわ、ちきりんよ!」
きったかゆみえ訳 「やあね、妙ちきりんりんだわ!」〔原文、あとの“りん”の部分に傍点あり〕

中山知子訳 「きゃあ、とてっぴょうしもないよ!」
気づかれにくいことだが、現役の完訳を並べてみると中山訳が、最もオリジナリティの強い、個性的な翻訳のひとつと判る。

高山 宏訳(1994.) 「ふぎしったら、ふぎし!」
これも “Curiouser and curiouser”を、語感ごと日本語に移そうとした翻訳であろう。
(2015年版の高山訳は「あれえっれれれっ!」。)

山形浩生訳 「チョーへん!」


なお、楠本君恵『翻訳の国の「アリス」』(2001.) 147-151頁も参照いただきたい。

追記。 以下の訳にも矢川澄子、高山宏(1994.)と同様の配慮が見られる。
icenerv 訳(2005.) 「へんたこりんの、へんてころん!」〔『アリスの地下世界のぼうけん』〕
久美里美訳(2006.) 「なんこれはなの、なんこれはなの!」
石井睦美訳(2008.) 「ヘンテコリンのコンテコリン!」

(最終更新 2015年 5月 3日)