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ぼうし屋が住んでるよ。布地をあつかうだけに性格もキレてる。
(lives a Hatter)

もちろん原典に、こんな駄ジャレはない。
この帽子屋は、as mad as a hatter「帽子屋のように狂っている」という常套句から逆成されたキャラクター。
ガードナーは『詳注アリス』(1960.)で、その言い回しの由来を、かつてフェルトを整形する過程で使用された水銀が中毒症状を引き起こし、帽子屋には手足が震えたり、幻覚を見たりする者があったという説に求めている。
拙訳も、この語源説から発想したものだが、『新注アリス』(1990.)にもあるように、帽子屋がその犠牲者だったという見方は疑わしい。


ガードナーは帽子屋の直接のモデルを、オックスフォード近郊の家具商シオフィラス・カーター〔Theophilus Carter〕に比定した(7章 注1)。
カーターは『不思議の国』のイラスト同様いつもシルクハットをかぶっており、これはキャロルがテニエルに頼んで描かせたのだろう、1851年の万博で水晶宮に展示された「目覚ましベッド〔alarm clock bed〕」は、寝ている者を床に落として叩き起こすカーターの珍発明で、7章で眠たがるヤマネを刺激して起こすなどの展開に対応する、というのだが、やや出来過ぎた話の感もある

『決定版 注釈アリス』(2000.)では、ヒュー・ローソン〔Hugh Rawson〕の『眉つば事始め〔Devious Derivations〕』(1994.)から、サッカリーの『ペンデニス少佐〔Pendennis〕』(1849.)や、カナダ・ノヴァスコシア州の判事トマス・チャンドラー・ハリバートンの 『時計師〔The Clockmaker〕』の作中に“mad as a hatter”というフレーズが使われていた、との新情報を付加している。
ちなみに『オックスフォード英語辞典〔O.E.D.〕』にも載っているように、『The Clockmaker』にはgrinnin〔g〕 like a chessy catというフレーズも使われている。
ミステリ・ファンなら つとにご存じだろうが、エラリー・クイーンの『Yの悲劇〔The Tragedy of Y〕』で舞台となるHatter家は、mad as a hatterのフレーズが意識された設定である。 そのストーリーは別段アリスに関係ないが、その犯人像はキャロルを意識した結果かも知れない。 この作品は1932年、つまりキャロル生誕百年が祝われた年に、バーナビー・ロス名義で刊行された(『Xの悲劇』も同年)。
この年5月、コロンビア大学で催された式典で、80才のAliceは名誉文学博士号を授与されたのである。
翌33年発行のJ・ディクスン・カー『帽子収集狂事件〔The Mad Hatter Mystery〕』は、連続帽子盗難事件に端を発する殺人事件に、エドガー・アラン・ポーの未発表原稿がからむストーリー (その殺人は33年3月に起こったという設定だ)。

(最終更新 2020年11月29日)