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「……マかネではじまるもの、例えばネズミトリ、それにマンゲツ、そしてネンゲツ、そうだな、マズハソンナトコ……ほら、“マァこれくらいでいいだろう”って意味で使うだろ。……今までに、ソンナトコをかいたりしたのを、見たことあるかい?」
(“― that begins with an M,such as mouse-traps,and the moon,and memory,and muchness ― you know you say things are ‘much of a muchness’― did you ever see such a thing as a drawing of a muchness?”)

ヤマネがなぜMではじまる言葉を選んだかについて、ガードナーは『新注アリス』で、セルウィン・グッデイカーの うがった説を紹介している。
ひとつは、アリスの“Why with an M?”「どうしてMがつくのか」という問いに、三月ウサギがヤマネに代わって“Why not?”「何が悪い」と応えていることから、“頭がMの March hare も話題に加わりたかった。”という解釈。
今ひとつは、井戸の中の三姉妹が draw すべき treacle は(特に米国で) molasses とも呼ぶから、という理由。
もし、これらの説が正しければ、そういう展開の必然からMが選択された、ということになるだろう。

余談ながら、ガードナーの注によく登場するこのグッデイカーという人物は英国キャロル協会の主力メンバーで、ミッドランドの開業医。 1989年の時点で『不思議の国』を 1500冊以上所有していたという。このような怖るべき蒐集家が「アリス学」の研究を支えているのだが、 Mづくしの理由についての解釈は、半ばジョークと思われる。

『スナーク狩り』の登場人物が、Bellman(鐘鳴らし役)、Boots(靴磨き)、Billiard-marker(玉突き師)等、全員Bを頭文字とするのと同様に、ここでMが選ばれたことも、たぶん無意味なのだ。
強いて理由を探せば、the Dormouse(ヤマネ)の mouse の頭のMだろう。それはヤマネが挙げる例が、mouse-trap からスタートすることで推察できる。
拙訳では、試みにヤマネの「マかネ」としてみた(もちろん「マ」だけだと訳しにくいという事情もあっての苦肉の策だが)。


much of a muchness は「似たり寄ったり」「大差なし」という意味の慣用句で英国で多く用いられるが、「寄ったり」だけでは意味不明なのと同様、muchness 単独で用いられるとシュールだ。
ここでは頭にMのついた単語の一例として扱われつつ、文脈から来る「他も、似たり寄ったり」というくらいの意味がからんで、アリスを惑わせる。
拙訳も、それらしくなるよう工夫してみた。