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谷山浩子は『アリス』ものに思い入れの深いアーティストだ。

“アリス”をモチーフのひとつにした組曲からなるアルバム『もうひとりのアリス』(キャニオン・レコード、1978.3.)から、歌詞の一部を引用すると、

ナイトが闘って死んだが涙は出なかった、という一節に、『鏡』 8章の白の騎士のエピソードを思い出さないアリス・マニアは いない(死んだメアリーは『不思議の国』 4章のハウスメイド、メアリー・アンとは、関係なかろうが)。

直接に発想源となっているかは解らないにせよ、谷山浩子には『アリス』原典の場面が、ふと想起される曲も多い。
本格プロ・デビューする前、1974年、ポプコン「つま恋」本選会(YAMAHAのリゾート施設で行われたポピュラーミュージックコンテスト全国大会)で入賞した「お早うございますの帽子やさん」(シングル化 1975.3.)などは『不思議の国』と関係ないのは確かだが、日本の歌謡曲に“帽子屋”を登場させること自体が『アリス』的な事件だったと言えよう (といっても当時 5才の筆者は状況など知るよしもないが)。

また、ますむらひろしがジャケットを描いたアルバム『時の少女』(キャニオン・レコード、1981.11.)の表題作は、 まるで『不思議の国』巻頭詩にいう「黄金の午後(ゴールデン・アフタヌーン)」の裏返しのようで、2章のクロコダイルの詩と合成したものか、などと、考えてしまう。
〔以上の引用は歌詞集『ねこの森には帰れない』〈新潮文庫〉(1984.10.)を底本とした(原文は縦書き)〕

ネガティヴな歌詞も多いのだが、79年には「未来少年コナン」の劇場版主題歌を作詞・作曲する(歌は研ナオコ)など、SFファンタジーとの親和性は早くから評価されていた。 これは取りも直さず、マニア人気が高いということで、特に80年代前半においてはサブカルチャー界の一方のヒロインとして、マンガの世界で取りあげられるようなことが多かった(参考サイト→「マンガの国の浩子さん」。  〈谷山浩子のオールナイトニッポン!〉ダイジェストを up している人のページで、『アリス』とは別に関係ないが、図らずも80年代初期の未熟な“美少女系コミック”も含めたマンガ界の雰囲気がつかめるようになっているので、あえて紹介)。

これも余談だが、ファンタジー小説「地球博物館」「エイエン物語」(『猫森集会』サンリオ、1986.8.収録)を原作にしたNHK-FMのラジオドラマは「不思議の国のヒロコの不思議」と題されていた(〈FMシアター〉1987.1. “ヒロコ”は主演の三田寛子と掛けたもの。 島本須美、千葉繁らも出演している。『夏の庭』等の作家、湯本香樹美が脚色。 音響効果に大和定次)。

谷山浩子は、かつて〈コバルト文庫〉から“少女小説”も出しており、たいていは恋人を取った取られたという話を、ファンタジックに描いていた。
初のコバルト作品である『コイビトの耳はネコのみみ!』(1989.4.)は、人語を解する猫が出て来たり主人公が猫になったり、という猫系ストーリーだったと思うが、作中、夢のシーンだけは、やや『アリス』的だ。 最後のコバルト作品となるだろう『ひとりでお帰り』(1994.2.)は、アルバム『銀の記憶』(ポニー・キャニオン、1994.7.)にも収録の「ひとりでお帰り」「月と恋人」あたりをモチーフにした小説で、主人公の名が羽根木(はねぎ)アリス。 ルイス・キャロルの『アリス』とは特に関係ないが、眞部ルミ(別名マナベウミ、眞部ヒロト)のイラスト・カットは、少し『アリス』をイメージしたようだ。

アルバム『翼』(ヤマハミュージックコミュニケーションズ〔YMC〕、2002.4.)には「幻想図書館 Vol.2〜不思議の国のアリス」(2002.7.)で歌われた「向こう側の王国」と「ウミガメスープ」が、 通算30枚目のオリジナルアルバム『宇宙の子供』(YMC、2003.9.)にも「意味なしアリス」、および〈幻想図書館〉で披露の「わたしは淋しい水でできてる」が収められている。  〔2004年3月13日〕

2005年2月、「ハートのジャックがパイとった」「ウサギ穴」「公爵夫人の子守歌」「ハートのジャックが有罪であることの証拠の歌」「アトカタモナイノ国」などを収めた新譜CD「月光シアター」が発売された。    〔2006年11月9日 微修正〕