谷山浩子は『アリス』ものに思い入れの深いアーティストだ。
“アリス”をモチーフのひとつにした組曲からなるアルバム『もうひとりのアリス』(キャニオン・レコード、1978.3.)から、歌詞の一部を引用すると、
アリス
世界の行き止まりのむこうに きゃべつ畑
世界の行き止まりのむこうに 幻の国
文字盤の上を 時計の針がまわる
終わりのない時の上を 少女がまわる
あの子は アリス
お母さん 青いうさぎ 雨ふり 赤いキャンドル
絵本の中のように 色あせず日々はつづく
文字盤の上を 時計の針がまわる
〔下略〕
不思議なアリス
あたしはアリス 弟はナルシス 絵本の中で暮らす
とびきり美しい とびきり素敵な物語つくる
あたしのナイト 闘って死んだ あたしのために死んだ
とっても悲しい 一晩泣いたの 涙は出なかった
〔中略〕
素敵なものより素敵な言葉よ 言葉が好きよ
やさしいメアリー 血い吐いて死んだ
あたしのために死んだ
〔中略〕
あたしはアリス 不思議なアリス 今十五さい
(Well,my dear,I long to see you die.)
ナイトが闘って死んだが涙は出なかった、という一節に、『鏡』 8章の白の騎士のエピソードを思い出さないアリス・マニアは いない(死んだメアリーは『不思議の国』 4章のハウスメイド、メアリー・アンとは、関係なかろうが)。
直接に発想源となっているかは解らないにせよ、谷山浩子には『アリス』原典の場面が、ふと想起される曲も多い。
本格プロ・デビューする前、1974年、ポプコン「つま恋」本選会(YAMAHAのリゾート施設で行われたポピュラーミュージックコンテスト全国大会)で入賞した「お早うございますの帽子やさん」(シングル化 1975.3.)などは『不思議の国』と関係ないのは確かだが、日本の歌謡曲に“帽子屋”を登場させること自体が『アリス』的な事件だったと言えよう
(といっても当時 5才の筆者は状況など知るよしもないが)。
また、ますむらひろしがジャケットを描いたアルバム『時の少女』(キャニオン・レコード、1981.11.)の表題作は、
時の少女が 心をのせて
黄金の舟で 川を下る
時の少女は 目も鼻も口もない
まっしろな顔で にたりと笑う
〈悪いけど 思い出もらった
あきらめておくれ
このまま 流れて
夢にも帰らない海の彼方〉
時の少女が あの人のせて
あやつる櫂の 黄金の雫
あたしの手の中 握りしめてた
ダイヤが突然 石に変わる
〔下略〕
まるで『不思議の国』巻頭詩にいう「黄金の午後(」の裏返しのようで、2章のクロコダイルの詩と合成したものか、などと、考えてしまう。
〔以上の引用は歌詞集『ねこの森には帰れない』〈新潮文庫〉(1984.10.)を底本とした(原文は縦書き)〕
ネガティヴな歌詞も多いのだが、79年には「未来少年コナン」の劇場版主題歌を作詞・作曲する(歌は研ナオコ)など、SFファンタジーとの親和性は早くから評価されていた。
これは取りも直さず、マニア人気が高いということで、特に80年代前半においてはサブカルチャー界の一方のヒロインとして、マンガの世界で取りあげられるようなことが多かった(参考サイト→「マンガの国の浩子さん」。
〈谷山浩子のオールナイトニッポン!〉ダイジェストを up している人のページで、『アリス』とは別に関係ないが、図らずも80年代初期の未熟な“美少女系コミック”も含めたマンガ界の雰囲気がつかめるようになっているので、あえて紹介)。
これも余談だが、ファンタジー小説「地球博物館」「エイエン物語」(『猫森集会』サンリオ、1986.8.収録)を原作にしたNHK-FMのラジオドラマは「不思議の国のヒロコの不思議」と題されていた(〈FMシアター〉1987.1. “ヒロコ”は主演の三田寛子と掛けたもの。
島本須美、千葉繁らも出演している。『夏の庭』等の作家、湯本香樹美が脚色。
音響効果に大和定次)。
谷山浩子は、かつて〈コバルト文庫〉から“少女小説”も出しており、たいていは恋人を取った取られたという話を、ファンタジックに描いていた。
初のコバルト作品である『コイビトの耳はネコのみみ!』(1989.4.)は、人語を解する猫が出て来たり主人公が猫になったり、という猫系ストーリーだったと思うが、作中、夢のシーンだけは、やや『アリス』的だ。
シルクハットをかぶったキツネ。
ふりそでを着たウサギ。
新しい傘はくれるけど、
ハル〔主人公の名〕はびしょぬれ。
その時、空いっぱいに、猫の顔。
「傘をさすから、雨が降るのよ。
だって、あんたは太陽でしょ」
〔引用の文章は口絵のキャプションによる。イラスト 川原由美子。本文 140〜143頁〕
最後のコバルト作品となるだろう『ひとりでお帰り』(1994.2.)は、アルバム『銀の記憶』(ポニー・キャニオン、1994.7.)にも収録の「ひとりでお帰り」「月と恋人」あたりをモチーフにした小説で、主人公の名が羽根木(はねぎ)アリス。
ルイス・キャロルの『アリス』とは特に関係ないが、眞部ルミ(別名マナベウミ、眞部ヒロト)のイラスト・カットは、少し『アリス』をイメージしたようだ。
アルバム『翼』(ヤマハミュージックコミュニケーションズ〔YMC〕、2002.4.)には「幻想図書館 Vol.2〜不思議の国のアリス」(2002.7.)で歌われた「向こう側の王国」と「ウミガメスープ」が、
通算30枚目のオリジナルアルバム『宇宙の子供』(YMC、2003.9.)にも「意味なしアリス」、および〈幻想図書館〉で披露の「わたしは淋しい水でできてる」が収められている。 〔2004年3月13日〕
2005年2月、「ハートのジャックがパイとった」「ウサギ穴」「公爵夫人の子守歌」「ハートのジャックが有罪であることの証拠の歌」「アトカタモナイノ国」などを収めた新譜CD「月光シアター」が発売された。
〔2006年11月9日 微修正〕