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……すぐ人にかみつくのはカミツレ草の苦いお薬のせい。……それに……
( ― and camomile that makes them bitter ― and ―)

camomile はキク科の薬草。乾燥させた頭花を煎じて飲むほか、精油も用いられる。
幅広い薬効があるとされ、ヴィクトリア時代には一般家庭に広く普及した常備薬。
邦語での呼び名は、カミツレ、カミルレ、カモマイル、カモミールなど多様。

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現在はカモミールの名前で普及しているハーブだが、英語ではカモマイルという発音のほうが一般的(米国では chamomile と書くことが多い)。
日本には自生してない輸入種で、過去には馴染みが薄かったことから、別の語に置き換えた訳例もある。

岩崎民平訳 “  苦々しいのはくまのいのせいで  ” 今では「くまのい」(熊の胆嚢からつくる漢方薬)のほうが解らないかも知れない。
石川澄子訳 “  人に苦い思いをさせるのは苦瓜の仕業  
山形浩生訳 “   しぶくなるのは、茶しぶのせいで  ” カミツレ茶を意識した訳だろう。
村山由佳訳 “それにニンニクは憎々しくさせちゃうでしょ  

「カミツレ」という和名は、オランダ語の kamille を「加密列」などと表記したことから生じたもので、 『広辞苑』等では「カミルレ」の読み間違いと捉えているが、オランダ語もしくはドイツ語の Kamille は実際には“カミッレ”くらいに聞こえがちだから、もともと蘭学者は、そのように発音していたのかも知れない。 江戸後期、文政年間(1818〜30年)にはすでに渡来しており、すなわち『アリス』が書かれた頃には日本でも用いられていたようだ。
薬用ハーブとして利用されるものには、ジャーマン種とローマン種の 2品種があり、単にカミツレ、カミルレというときはジャーマン種を限定して指す場合が多い。 薬草図鑑や辞書の類では、ローマン種は「ローマ・カミツレ」と特に区別して書く。
どちらもリンゴに似たフルーティーな香りがするが、ジャーマン種のほうが深い芳香がする。
ローマン種は苦味がやや強く、『アリス』に登場するのは、こちらだろう。
英国で伝統的なのはローマン種で、ジャーマン種は sweet false camomile 「甘いニセのカモミール」と呼ばれる。
ジャーマン種は花だけが香るが、ローマン種は茎・葉も香り、踏みしめると芳香が楽しめるため、とりわけ英国では芝生に多く用いられている。

ガードナーは extremely bitter「極めて苦い」薬と注釈しているが、少なくともハーブ・ティーは飲みづらいほどではなかろう。 多少のクセが気になる場合は、蜂蜜やミルクを入れるという手もある。
ロジャー・グリーンによるオックスフォード版注釈には、ビアトリクス・ポター〔Beatrix Potter〕の『ピーター・ラビットのおはなし〔The Tale of Peter Rabbit〕』(1902.)が引用されている。 マクレガー氏の畑で、レタスやサヤインゲン、ラディッシュを盗み食いしたピーターは、それが発覚して、必死で逃げ帰り、その晩、体調を崩す。 原因は食べ過ぎというより、ストレス性のものだろう。ピーターの父親も、畑を荒らす害獣として、マクレガー氏に捕まってミート・パイにされたという過去がある。 続編の『ベンジャミンバニーのおはなし〔The Tale of Benjamin Bunny〕』(1904.)にも、camomile は登場する。 この本によると、ピーターの母ウサギは、父ウサギの亡くなったあと、ローズマリーの煎じ薬や、ラヴェンダーの“うさぎたばこ”といったハーブを売って生計を立てていたという。
古くからハーブ園の多い、英国らしい設定だ。
しかし、当然ながらハーブ・ティーは、牧歌的な農村でばかり飲まれていたのではない。 カモミール・ティーは、飲むとリラックスして安眠できる緩和な鎮静剤で、健胃(消化促進)作用もある。生理不順や更年期障害などの婦人病、便秘にも効くとされる。 お茶を煎れたあとのティー・バッグで目をパックすると、疲労回復に役立つともいう。 さらに、このハーブには発汗解熱、消炎作用もあるため、風邪のさいにはカモミールの蒸気を吸入すれば、気管支の炎症、鼻づまりなども治るとされ、伝統的に家庭でも用いられた。 抗バクテリア作用もあるとか。化学的な根拠はあるらしいが、民間薬として古い歴史を持つだけに、その薬効には迷信に属するものもある。
多田幸蔵訳 “  苦虫をかみつぶした顔にするのはカミツレ草で  
田中俊夫訳 “   にがい顔をするのは、カミツレ草のせい  
芹生 一訳 “  それから、にがい顔をするのはカミツレのせい  
蕗沢忠枝訳 “……にがにがしくなるのは、にがいカミツレ草のせい……”
高橋康也・迪訳 “  それからかみつきそうな皮肉屋にするのはカミツレ草  
高山 宏訳(1994.) “  カミルレあげるとかみついてばかり  
脇 明子訳 “がみがみ言うのはカミツレのお薬のせいだし、”
楠本君恵訳 “  そして、人を恨みがましくするのは、カモマイル茶  
木下信一訳 “……しぶちんなんはカモミールのせい……”

(最終更新 2015年 5月 3日)