「まねかれてもないのに席につくのも、ちょっと失礼だろ」と三月ウサギ。
(“It wasn't very civil of you to sit down without being invited,”said the March Hare.)
5章の青虫との会話でもそうだが、不思議の国の面々はそれぞれが一定の論理を持って発言していて、必ずしもアリスのほうが“正しい”わけではない。
稲木昭子・沖田知子 共著 『コンピュータの向こうのアリスの国』(2002.)では、『不思議の国』の 7章を次のように批評している。
おかしなお茶会では、さまざまなおかしなことがおこるが、それはすべて、最初にAliceがおかしたマナー違反に端を発している。席が「あるのにないかのように」言った真意〔アリスに来て欲しくないという意図〕を理解せずに、
あると抗弁して強引に座り込んだ、そのしっぺい返しで、「ないのにあるかのように」言うモチーフが繰り返し姿を変えて現れ、Aliceを当惑させるのである。 〔終章 「2.3. 非存在」〕
ないのにあるかのように勧められるワイン、出されてもいないお茶のお替わりを勧められること、答えのない謎々を、まじめに考えさせられて嘆くハメ になるのも、全ては「非存在のものをあたかも存在するかのように言うモチーフ」 による逆襲である。
(両教授は『アリスの英語』(1991.) 8章でも、すでに同じ説を展開していた。)
そうした目で見ると、確かに 7章の内容は首尾一貫している。キャロルがどこまで意識的に書いたかは解らないにしろ、7章の全体は『地下の国のアリス』にない、新たに書き下ろされた部分なので『不思議の国』前半の章に比べ、計算が行き届いているとは考えられる。