アリスPLUS虐殺 2004 File:12

以下は04年中にトップページに書いたエッセイを後日に加筆・再構成して up したものです。
書き込んだ後はあまり管理しないのでリンク切れのさいはご容赦を。 



 6月24日、ジェフ・ヌーンの『未来少女アリス』〈ハヤカワ文庫FT〉が発売される。
 題名からしてアリス・パロディと解るが、ひとことで言えば “アリス+人形”パターンのファンタジーだ。 原題は“Automated Alice”。 アリスが連れて歩いている人形の名前が“スリア”(アリスのアナグラムで、原語に近い表記をすればシーリア)なのだが、 “磁気製人形”とあるからには ビスク・ドールだろう。  しかし、未来の世界で再登場したときには、アリスと等身大のオートマトン=自動人形と化して、アリスと行動を共にする。
 未来といっても、舞台は1998年のマンチェスター(原書は1996年刊。ジェフ・ヌーンはマンチェスター生まれで英国のSF作家だが、版元は何故かニューヨークだ)。  アリスは実在の“アリス・プレザンス・リデル”で、1860年からタイムスリップしたという設定。  もっとも、それならアリスは 8才のはずだが、作中人物アリスの話しぶりは、もう少し大人びている (福田さかえのイラストはゴスロリ風)。
 一応『不思議の国』、『鏡の国』に続く“第三の冒険”を描いているらしい。
 物語は童話調だがシュールで、多少グロテスクな展開もある。
 作者ヌーンは『ヴァート』、『花粉戦争』といったサイバーパンクSFで知られているが、これらは いずれも未来のマンチェスターが舞台という。 本当のところ、そういう長編SFは読んでない(数ページ読んだら、かったるい文章だった)んだが、 アンソロジー『ディスコ・ビスケッツ』(原著1997. 邦訳1998.)所載の「DJNA」という短編は、いかにもサイバーパンクのテイストで一気に読んだ。 これは“アシッド・ハウス(もしくはテクノ)生誕十周年を記念して”編まれたドラッグ小説集だ。
 調べてみるとマンチェスターという街は、かつてザ・スミスやストーンローゼズを輩出している (こういったバンドについては無知なのだが)。  ジェフ・ヌーンも、そこでパンク・バンドのギタリストをやっていたようだ。
 英国のアシッド・ハウスを代表するバンド、808ステイツ もマンチェスター出身。
 そうなるとヌーンの小説にもダンス・ミュージック的なノリを期待したくなるんだが、もっとテンポが遅いというか、現に小説中でリスペクトされるのは60年代のアーティストが多い(『花粉戦争』解説参照)。
 実際『未来少女アリス』でも、ミュージシャン・ネタとしては、ジミ・ヘンドリックスとモダンジャズのマイルス・デイヴィスをもじったキャラクターが登場する程度だ。
 ジェイムズ・マーシャル・ヘントレイルス(ジミヘンの本名はジェイムズ・マーシャル・ヘンドリックスだ)は“スリア”と同じく一種の生体ロボットで、脚は排水管、腕は“ジミでヘンなニワトリの脚”で出来ており、テニス・ラケットのようなギターをかきならす。 トランペットを持ったロング・ディスタンス・デイヴィスは、やたら間延びした話し方をする“カタツムリ男”だ。
 他にもアナグマ人間やシマウマ人間、犬人間やカラスばあさん等が、続々現れる。そういう小説だ。  仮想の“マンチェスター”に安っぽいキメラが大発生する理由は、一応終盤で解明されるのだが、読者を納得させるようなものじゃない。
 アオムシならぬアホムシは、カオス理論のパロディぽく使われたり、コンピュータのバグかウイルスのように書かれたかと思えば、アリスの口中に這いこんで幻覚を起こさせる。 チェシャ猫を想わせる半透明の猫は、クォークという思わせぶりな名前なんだが、これも大した意味はない。 全くのナンセンスと受けとるのが、正しい読み方だろう。ハードSFのような緻密な設定を期待したんだが。
 『不思議の国』の後半がトランプ、『鏡の国』がチェスを軸にストーリーを進行させるのに対して、 『未来少女』はジグソーパズルの失ったピースを取り戻すための物語だ。しかし、それでアリスが成長するというわけでもないし、これまた無意味である。 ただ、主要な動物キャラクターが、ひとつずつ持っているジグソーの断片は、ロンドン動物園の絵柄だという。 …だとしても、あんまり意味はないが。

 ところで『未来少女』の訳者だが、風間賢二といえば、スティーヴン・キングとかモダンホラー紹介の第一人者で、ハヤカワ文庫FT の仕掛け人でもあり、 国書刊行会の『幻想文学大事典』を高山宏とともに監修した人物。…そう言えば風間編集のアンソロジー『ヴィクトリア朝空想科学小説』〈ちくま文庫〉の解説も高山宏だった。
 その風間賢二に、『きみがアリスで、ぼくがピーター・パンだったころ』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2002.)という著書がある。
 自ら“ワイドショー的なノリ”と称するだけあって、アンデルセンは弟を愛した近親ホモ、 『指輪物語』のトールキンと『ナルニア』のC.S.ルイスもあやしい関係で、ルイス・キャロルなどは 当然のように危ない“少女誘惑者”と書いていて、およそマトモには相手にされない本なんだが、 本家『アリス』を“かけあい漫才”に例えるところとか妙になっとくさせる部分は多い。 ちなみにピーター・パンの作者であるJ.M.バリーについては、別にホモじゃあないがホルモン異常で 生長が止まったマザコン、と書いている。
 そう言えば、実写映画「ピーター・パン」も、ひっそりと公開されたが(04年4月)、3次元的オスガキは嫌いなんで 見に行かない。 行こうにも、今は家賃のやりくりが大変で映画なぞ見れないのだが、そんな冗談のひとかけらも混じってない話はともかく、 映画がラストをどう処理したのかだけは気になる(実は現在も未見)。  これも風間氏が注意をうながしているが、原作はウェンディが大人になったときに、ピーター・パンがまたやって来て、ウェンディの子どもを連れ去る、いわく言い難い大団円なのだ。

 前著『ジャンク・フィクション・ワールド』(新書館、2001.)も、面白い。
 “ジャンク・フィクション”というのは、SFやミステリ、冒険小説、ラヴ・ロマンス、ホラーといったジャンル小説のこと。 キングやディーン・クーンツのベストセラーの話題からはじまって、吸血鬼もの、ウェルズの『宇宙戦争』、地球空洞説、“失われた世界”もの、海洋冒険小説、…  要するに、アンチ・リアリズム小説の概説書なのだが、読みやすい。  もっとも『不思議の国のアリス』にダーウィニズムの影響を見たり(3章コーカス・レースの部分)、地底世界もののくくりで取りあげるのは、いかがなものかと思うが。

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