おかしいよね、むこうへ出てみたら、まわりを歩いてる人たちとは頭が逆なのよ!
(How funny it'll seem to come out among the people that walk with their heads downwards!)
「頭を下にして歩いている人たちの間に出て来るようにみえる」とは、地球の反対側へ飛び出すアリスから見て、足のほうに人々の頭がある、というわけだろう。
アリスは地球が丸いことの意味を、机上の図式としては、よく理解している。
例えば “さか立ちしてる人たちの中に出ちゃったら” とするような訳は、論理的でなく、キャロル自身の意図から見れば、誤りと思える。
しかし、英語圏でも文字通りの「逆立ち」と解釈されがちであることはチャールズ・ロビンソンの挿画 (右図)から知れる。
downwards に「地上」を向いて、というニュアンスがあるせいだろう。
別宮貞則 は 『「不思議の国のアリス」を英語で読む』(1985.)の中で、この場面について “手を地面につけて歩いてるわけじゃないのです ”と「逆立ち」という訳が誤りであることを指摘し、次のように解説した。
地球の裏側へ行けば、上下の観念(というか、方向)がちょうど逆になるのに、アリスにはそれがピンときません。 〔中略〕
今、自分が二階の床の上に立っているとします。地球が丸いとすると、反対側の人は、この床の裏側、つまり一階の天井に足をつけてぶら下がっているわけだな、と思ってもむりはありますまい。
だが、一定の論理の帰結としてのノンセンスを、単に子どもの認識不足のようにとらえるとすれば、やや筋が違うだろう。
19世紀中葉ともなると、例えば万国博覧会の開催に際して、丸い地球の全地域を、ぐるりと人が取り巻いて立っている、というようなイラストが身近なものになっていた。
おそらく、ここはそうしたヴィジュアル・イメージの面白さが前提となっている。
既訳は多くが with their heads downwards を「頭を下にして」と、直訳体で訳す。
そのあいまいさは、ある意味、原文に忠実と言えなくもないわけだが、拙訳ではシチュエーションを、なるたけ解りやすく限定しようと努めた。