無味乾燥(dry)な話というからには、もちろん「そっけなくて、面白味がない」わけだから、この部分を講談調の名調子に訳すことは禁物だろう(例えば生野幸吉訳など、危うい)。
オウム(LoryことAliceの姉Lorina Liddell)が辟易してしまうような記述でなければならないのだ。
特に翻訳を仕事にするような文章家は歴史好きが多く、逆にこういうくだりで興が乗ったりしがちだから要注意。
訳すさいの困難は、記述が簡潔すぎて、かえって意味がとりにくい点にあるだろう。
例えばEnglishを「英軍」としたり「英国の民衆」としたり、「イギリスを制圧」など、いずれも訳者たちの勝手な意訳ではないか。
usurpationは、広く「略奪、横領」くらいの意味に取ってもいいのだろうが、conquestと対で捉えるなら拙訳のようになる。
declared for himは、何を宣したのか。「王に参ずる旨」か? 「忠誠(従属)を誓った」のは、この時のことなのか?
earl の訳語も侯爵、領主、大公、太守と様々。何が適当なのだろう?
ウィリアム王のconductとは「(道徳的な)ふるまい」か、「政務(管理支配)」の意か? 引用された文章のみでは判断できない。当時実際に使われた教科書をチェックする必要があると思うが、訳者(小生)の能力では不可能。歴史好きの文章家からのご教示を待ちたい。
なお、拙訳で the patriotic archbishop of Canterbury の部分を「英国国教会カンタベリー大主教」と訳していたが、この時代にローマ教会から独立した“国教会”と呼べるものなど存在しない。
patriotic から どうして、こう訳したか今みると不思議でさえあるが、おそらく「愛国的なカンタベリー大司教」では意味が読者にすんなり理解できないと感じたために(カンタベリー大主教が国教会の長という程度の認識だけはあったから)、
何か人物関係を整理できそうな訳語をひねり出したのだろう。
しかし、ここは「無味乾燥」な話であるべきところだから、そんな努力も別にいらないし、初歩的な誤訳である。
ローマ・カトリック教会とカンタベリー大司教・スティガンドの不和といったものも頭にあったのだが、「愛国的司教」とは単にフランスからの征服者に抗して軍を起こしたというくらいの意味にとらえておけば足りよう。
木下信一氏から ご指摘を受け、改訳した。
また、カンタベリー大主教と呼ぶ場合は、英国国教会とその世界的組織である「聖公会〔Anglican church〕」の首座というような意味が生じ、“大司教”と訳し分けたほうが便宜にかなうので、これも例に倣った。