里吉しげみの文章は、日本に於けるアリス受容史の中でも、最も奇抜にアレンジされたもののひとつで、はすっぱなアリスの口調は北村太郎訳(1987.)などに先行している。
現在では入手困難な本なので、以下ランダムに特徴的な部分を引用すると、
きの うえに のぼって
あそんで いた おんなのこは、
もう びっくり。びっくりした とたんに、ドシンと きから おちて しまいました。
「アイテテテ……おう いてえ。いやあ
びっくりしたなあ、もう。うさぎさんが
しゃべるなんて どう なってんだ、こりゃ?」
“DRINK ME”の部分は、ウエーン、どれどれ、この なかみは
おいしいよって かいて あるわ。
へーえ、のんで みようかしら、
ウエーン、ゴクリ、うん、ゴクリ、
うん、これは おいしいわ。
エヘヘヘ、みんな
のんじゃおうっと、ゴク ゴク」
the Cheshire-Catは、ここでは単に“ねこ”を自称する。
「ニュワン!」
「ギクッ!」
アリスは びっくりしました。
〔中略〕
「だ、だれ、ね、だれ?」
「あたし、ねこ」
「ねこ?」
「そう、ねこ。ニュワン!」
猫の鳴き声が変な理由は、“ペンキやさん”の「この くにじゃよ、じょおうさまが いぬは ニャン ニャンと おっしゃったら、くにじゅうの いぬは、ニャン ニャンと なくの」という台詞から、女王の専横によるものと解るが、ここまで来れば、むしろ安易な筋立てなどないほうが良かったろう。
この本では猫の登場に続いて、the Caterpillarの登場シーンとなるが、
「アリスちゃんよ、おばんです」
「ウヒョッ、どこ、どこよ、
だれ、だれよ!」
〔中略〕
けむしです。おおきな
おおきな けむくじゃらの
けむしです。
「いやあ、ごめん ごめん、
アリスちゃんよ。
おどろかしちゃって ごめんな。
そのかわり、ほれ、この
きのこの ひみつを
おしえて あげよう」
しかし宇野亜喜良のイラストには、別に“毛”は生えてない(イラストに関して言えば、宇野が描いた数々のアリスの内では、筆がのびのびと運ばれていて、評価のできるものだ。前半、アリスが帽子をかぶっているのも珍しい)。
お茶会に“けむし”や白ウサギが出席している(白ウサギと三月ウサギの区別がない)ことなども、今さら不思議ではないが、ひらがな絵本でも、ここまで大胆に改変を加えたものは少ない。
ラスト、現実世界に戻ったアリスは、ポケットに入っていたトランプをしまいながら、次のように歌う。
〈へんなかなソング〉
ねこが ワン ワン
ないたり したなら
いぬが きっと こまる
ニャン ニャン
ニャンニャゴ ニャゴ ニャゴ
ねこが なきたい
ニャン ニャン
いぬが ニャン ニャン
ラーメン ポリポリ
そんな こと なかろ
へ へ へんなか なかなか
へんなかな へん へん
へ へ へんなか なかなか
へんなかなの おっはなし
この歌をエンディングに大団円となること自体、常人の発想ではない。
他に、印象的な挿入歌として、女王の〈チョチョンぎれおんど〉がある。
さすがは精神世界系の刊行物も多いサンマーク出版の本だ
(あまりに別格なのでアリスの珍訳奇訳を扱った拙著『Alice in Trash Basket』でも、この本だけは紹介できなかった)。
この絵本を読み、レコードを聴いた子どもが、すくすく豊かな心に育ってくれることを願う …といっても、これをリアル・タイムで読んだ子どもは今、30才くらいか。
シリーズ監修 山下俊郎(日本保育学会会長・文学博士)。
編集委員 服部公一(作曲家)、小林純一(日本童謡協会理事長・日本児童文学者協会評議員)、山内昭道(東京家政大学教授・亀戸幼稚園園長)。