ヤマネの理解できないセリフに、困ったアリスは言葉をにごす。
“おそらく Alice は,I don't think I saw such a thing. とでも応じるつもりで口を切った.
これは,I think I didn't see such a thing. の補文の否定が主文に繰り上がったものである.”(稲木昭子、沖田知子『アリスの英語』 104-5頁)
つまり、直訳すれば 「えっ、今度は私に聞くの」、「私はそんなもの( muchness なんて)見たことないと思うけど」くらいに言うつもりだった。
ところが、帽子屋はアリスに後を継がせず、“I don't think”「考えてない」に対して、「考えてないのなら、黙っていろ」と、やりこめた形。
丸山英観訳
『まア、私に訊くの』と愛ちやんはさも迷惑さうに云つて、『私知らなくつてよ――』
『話せないねえ』と帽子屋が云ひました。
高山 宏訳(1994.)
「そ、そんなこと急に聞かれたって」頭がくらくらしてアリスが言います、「お話にならない――」
「じゃ、お話になるなよ」と帽子屋。
高山 宏訳(2015.)〔追記〕
「ええっ、今度はわたしに聞くの?」すっかり面くらってアリスが言います。「思いもしませんでしたけれど――」
「じゃ、話しもするな」と帽子屋。
脇 明子訳
「そうねえ、言われてみると」と、アリスはわけがわからなくなって言いました。「あたし、そんなの考えたこともない――」
「なら、黙ってろ」と、帽子屋が言いました。 〔原文、字下げあり〕
十 一訳(2006.)
〔前略〕 「言いたくはないけど――」
「じゃあ言うな」と帽子屋。
なお、楠本君恵『翻訳の国の「アリス」』 160-2頁をも参照いただきたい。
(最終更新 2015年 5月 3日)