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最後のせりふには気づかなかったふりをして、アリスはヤマネにむかって言った。「だけど、その人たちは井戸の底にいたんでしょ」
「もちろん、みンな、そこにいたよ」とヤマネ。「水底(みなそこ)にね」

(“But they were in the well,”Alice said to the Dormouse,not choosing to notice this last remark.
“Of course they were,”said the Dormouse: “well in.”)

直訳風に示せば、アリスが「(糖蜜の井戸から蜜を汲み上げると言うけれど)その人たちは井戸の中にいたじゃない」と当然の疑問を発したのに対し、 ヤマネは「もちろん、その人たちは、ずっと深いところにいた」と、理屈に合わないことを答えている。

これが in the well と well in のシャレにもなっているために、アリスの頭は混乱してしまう。
つまり、最初にアリスの言う well は「泉、井戸」の意味だが、ヤマネの well は「かなり、相当に」の意味。
ヤマネの返事、“well in.”は、 they were well in (the well). と補って考えればよい。


参考訳

岩崎民平訳
「だって井戸の底にいたのでしょう」とアリスは、このおしまいの言葉にきかないふりで、眠り鼠に申しました。
「もちろんそうです」と眠り鼠は申しました「いと深くですね」 〔原文、字下げあり。いと、に傍点〕

生野幸吉訳
「でもその三人は井戸のなかにいたのでしょう?」アリスはおしまいの一言は気にしないようにして、眠りネズミにたずねました。
「もちろん、いたですね」と眠りネズミは申しました。「いとど深くにね」

矢川澄子訳
「でも、その子たち、その井戸の底にいたんでしょ」アリスは帽子屋のさいごの一言には知らんふりして、ネムリネズミにたずねると、
「もちろんです、そこの井戸にね」だとさ。

“底”と 指示代名詞の“そこ”を掛けて訳すパターンは、柳瀬尚紀が創始者。

山形浩生訳
「でも、そのいなか姉妹たちって、井戸の中にいたんでしょ?」アリスは、いま帽子屋さんのいったことは、むしすることにしてヤマネにききました。
「そうそう」とヤマネ。「だから井中(いなか)姉妹」 〔原文、字下げあり〕

村山由佳訳
おしまいのひと言はあえて聞かなかったことにして、アリスはネムリネズミに言った。「その子たちがいたのは、井戸の中だったんでしょう?」
「そうそう」とネムリネズミ。「野中の井戸」 〔原文、太字部分が傍点〕

なお、楠本君恵『翻訳の国の「アリス」』 141-3頁も参照いただきたい。

追記。
河合祥一郎訳
〔前略〕「かきだすというけど、三人は井戸の底にいたんでしょ?」
「もちろん、井戸の底さ。まさに、そこが」とヤマネは続けました。「いどころ。」 〔原文、太字部分が傍点〕