グリフォンがどんなだか、ご存じないかたは、イラストを見てね。
( If you don't know what a Gryphon is,look at the picture.)
翼がワシで、胴はライオンという伝説上の怪物。
オックスフォードのトリニティ・カレッジ〔Trinity College〕の校章にも使われており、キャロルにもリドル姉妹にもなじみ深い存在だった。
桂宥子『アリス紀行』(東京図書、1994.)では、トリニティ・カレッジについて “このカレッジの建物は、グリフォンがモチーフになっているのではないかと思いたくなるほど、いたるところに、グリフォンのレリーフが みかけられる。”
と述べたあと、Mavis Batey 『The Adventures of Alice』(1991.)の説を取りあげて、次のように書いている。
クライスト・チャーチ図書館には、今でもキャロルの弟のウィルフレッドが描いたグリフォンのペン画が
残っている。キャロルが『地下の国のアリス』のなかで自ら描いた貧弱なグリフォンに比べると、ウィルフレッドのものの方が翼もあり立派である。かつてクライスト・チャーチの学生であった
このウィルフレッドこそが、『不思議の国のアリス』のなかに登場するグリフォンのモデルであるという説もある。 〔123-5頁〕
キャロル自筆のグリフォンの貧相さ (下図)と、トリニティの外壁を飾るグリフォンの雄姿とは、かなり懸け離れているので、
桂宥子は “グリフォン=トリニティ説には一抹の不安を抱かないわけではない”と、疑問を呈してもいる。
『不思議の国の“アリス” ―ルイス・キャロルとふたりのアリス―』(〈求龍堂グラフィックス〉、1991.)によると、
“ダーズバリの〔キャロルの〕父の勤めたオール・セインツ・パリッシュ教会にある説教台の彫刻にも、父の赴任先ヨークシャ州 リポンの教会のミゼリコード(牧師たちが座る椅子の背もたれ)の彫刻にも”グリフォンの姿が見出されるという〔28頁〕。
グリフォン、あるいはグリフィン(griffin,gryphin,griffan)は、ギリシア語のグリュプス(gryps ラテン語 gryphus)が、フランス語化もしくは英語化したもの。
ヘロドトスの『歴史』では、グリュプスは黄金をまもる守護獣で〔3巻116、4巻13〕、後世の伝説・民話でも金銀財宝との関連で登場することが多い。
警戒をおこたらず神聖なものを守護する役目を担うグリフォンが、『不思議の国』の登場シーンで居眠りしていることは、何かの風刺的意味を持つと考える人もある(ガードナー『新注アリス』参照)。
風刺 にまでは至らなくとも、キャロルが神聖動物を茶化し、ひょうきんなイメージを与えたものには違いない。
巷間、グリフォンはエデンの園の番をしているという説明を目にするが、これは〈旧約聖書〉の神獣ケルブ (ヘブライ語。複数形はケルビムで「智天使」と称される。
スフィンクスのような姿と想定されることが多い)を グリフォンと同一視したものだ 〔『創世記』3:24〕。
以下は、林俊雄 『グリフィンの飛翔―聖獣からみた文化交流―』(雄山閣〈ユーラシア考古学選書〉、2006.)に依拠して解説しよう。
『詩篇』には神の乗り物としてのケルブも登場するが〔18:10-11〕、神を背にした この型のキメラの図像は、聖書のずっと以前から存在する。
ミノス文明では神を乗せた車を牽くキメラのモチーフも見られた。
グリフィン型の空想獣の歴史は古く、分布も広い。
やはり林俊雄の著書によれば、この種の合成獣はメソポタミア平原の東方、スーサの遺跡から紀元前3500〜3100年頃のものが見つかっているという。
少し遅れて、シリア、エジプトにも出現する。
当初は獅子頭のものも、多く見られるようだ。
前3千年紀後半のメソポタミアで、前足がライオン、後足がワシのものが生まれ、以降は、この姿が一般化する。
ところが13世紀になると、グリフィンの図像に大きな変化が生じる。
前足が鷲になったのである。前足が鷲で、後足がライオンという合成獣は、メソポタミアの初期王朝以前にしか見られないめずらしいタイプである。
そしてこれ以降、ヨーロッパでは貴族や都市の紋章としてグリフィンが愛好されるが、すべて前足が鷲、後足がライオンとなる。
ダンテの『神曲』「煉獄篇」では、第30歌から第33歌にかけて、ベアトリーチェがグリフィンの牽く車に乗って現れ、〔中略〕
車は天国へと登ってゆく。ボッティチェリ S.Botticelli(1445〜1510年)が描いたとされるその場面の絵でも、
グリフィンは前足が鷲で後足がライオンである。
そして19世紀、ルイス=キャロルの『不思議の国のアリス』に登場するグリフィンも、もちろん、前足が鷲で、後足がライオンである。
〔『グリフィンの飛翔』 238頁〕
キャロル自筆の 『地下の国』 のイラストには翼が無く、ネズミを思わせる姿だが、前足は やはり鳥類のものである。
テニエルによる彩色( 『THE NURSERY “ALICE”』 )については 10章 章題 の注を参照。
テニエル、キャロル以外の古典的イラストも見たい方は、『Bedtime Story』へ。
(最終更新 2013年9月8日)