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トーヴェ・ヤンソン〔Tove Jansson〕とアリス(フィンランド語版だと“リーサ”だが、最初に出たスウェーデン語版では“アリス”)の組合わせは、一見 魅力的なようだが、これまで日本語版が出版されなかった理由のひとつは、その画風が陰鬱なものだからだろう。
ムーミン童話の原作には、洪水が起きたり彗星が降ってきたりと、しばしば“世界の終わり”を感じさせるモチーフがあらわれる。
それでもムーミンたちには家族的な連帯感があるからよいのだが、『不思議の国』のキャラクターたちは、アリスと心を通わせることがない。
しばしば指摘されるとおり、一面から見れば『アリス』は疎外感に満ちた物語なのである。
つまり、ヤンソン版アリスでは、ヤンソンのネガティヴな面と『アリス』のネガティヴな面が、合体してしまった感がある。
Down the Rabbit-Hole Walking hand in hand with Dinah
右図(もしくは、小さめのウィンドウでは下図)、飼い猫のダイナに、コウモリを捕まえて食べたらいいのよ、などと言う場面なので、コウモリが飛んでいるのはおかしくないのだが、 手と手をつないで歩く、その猫のうしろ姿は不気味なものを感じさせる。
ますむらひろし、というより、日本古来の“化け猫”を思わせ、ある意味チェシャ猫より、ずっと怖ろしい。
ちなみに原典では唯一アリスが“友人”と呼ぶのがチェシャ猫なのだが、ヤンソン版ではそれも否定されている。
かわいらしさのかけらもない、にくさげな顔立ちだ。the Cheshire-Cat
(もっともマーヴィン・ピークのチェシャ猫(1978.)よりは、まともだが…)

Alice alone
3章末、鳥たちが逃げ去り、「ひとりぽっち」になるアリス。原典には情念のこもるような面はなく、さらりと流される箇所と思うが、ここも黄昏どきとして描かれ、侘びしさが襲うシーンとなっている。

余談だが、アルマジロの先祖らしき巨大生物が登場するのもヤンソン版アリスの特徴。白亜紀後期の鎧竜(アンキロサウルス等)にしては小さすぎるので、新世代のグリプトドンやドエディクルスというところか。
確かにドードーが棲息する『不思議の国』には絶滅した巨大生物が闊歩していてもかまわないが、……たかが飼い猫の話を聞いて、巨獣が逃げ出す必要も なさそうだ(引用のイラストでは解りにくいが、尻尾の先はトゲのついたハンマーになっている)。

独特の世界観を築いているヤンソン版アリスは、これはこれで評価できるものかとも思うが、個人的には『スナーク狩り』のイラストのほうを高く買いたい。 →アリスのほうは、CRAFT SPACE "わ" (「WA×FIN」“わ”のフィンランド−「Book」−「Tove Jansson」参照)が輸入しているので、日本語でも通販可能。
なお「WA×FIN」の説明に“この本は1906年にアンニ・スワンが翻訳し、1966年にトーベ・ヤンソンが挿絵を描いたもの”とあるが、やや誤解を生む書き方で、1966年にヤンソンが挿絵を描いたのは、スウェーデン語訳 Alice i Underlandet(ストックホルムのAlbert Bonniers förlagから出版)である。 アンニ・スワンのフィンランド語訳にヤンソンの絵が入ったのは1984年になってからで、比較的最近なので未だ絶版にならず済んでいる、ということらしい。ちなみに最初の英語版は、書誌 LEWIS CARROLL'S ALICE によると1977年のDELACORTE PRESS〈A Merloyd Lawrence Book〉であるというが、これ以前の版など ご存じの方があればメール下さい。

追記。2006年3月、“トーベ・ヤンソン絵 村山由佳訳”の『不思議の国のアリス Liisan seikkailut ihmemaassa』が出版され(メディアファクトリー刊)、ヤンソンの挿画が日本語版でも見られるようになった。 同書によれば“挿絵は、フィンランド語版『不思議の国のアリス』(一九六六年刊)のための描き下ろし。本国では絶版になっている。”とのこと。 現在筆者(大西小生)は未確認だが、絶版なのは英語版らしい。また、スウェーデン語版が1966年に刊行されていることは確か。 〔2006年3月〕

※ トーヴェ・ヤンソン(1914-2001.)のイラストには、当然ながら著作権が存在します。ここでの紹介は、あくまで「批評的引用」の範囲に留まるよう配慮し当サイト管理者の自己責任により公開するものなので、画像への直リンク等はご遠慮下さい。

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