“カジュアルな服装”のアリス。図書館にはたいてい入っているが、個人で買うには高価過ぎる （5000円＋税）。
 オクセンバリーには『鏡』のイラストもあるが邦訳版なし。

アリスは北村太郎流の“お転婆”系。“アリスもつづいて、ぴょん。／「それ行け！」”といった稚気がある一方で、 “白ウサギは、伊達者ブランメルをきどって、黄色いシルクハットに三つ揃い。”という気取りと“赤蛙や黒蜥蜴のホルマリン漬けのびん。”といったグロテスクの共存は、金子のイラストの特徴でもある。 4章に当たる章題が“大きくなって御免あそばせ”。“歌う料理番”、“女王さまの珍道中”といった章題にも古風なギャグ・センスが感じられるが、 例えば 7章“「席席なーし！　席席なーし！」と、セミのような合唱です。”といった冗舌に付き合えるかは読む人次第。 なお、チェシャ猫は意外に出番が少ない（イラストも無し）。　　〔→参考 矢川澄子訳「90年代リスト」〕

スソの絵は、ヘタウマ調。公爵夫人のコックを男性として描き、庭師を（本来はスペードのはずだが）クラブとして描いている。

語句を色分けして、学習の便をはかった英文対照の翻訳 （→参考画像）。 訳文は直訳に近い。読者として日本語を学習する外国人も想定し、ルビを多くしたという。製本は同人誌印刷のレヴェルで、発行所の有限会社グレースは個人営業か、それに近いものだろう。定価 1600円。 同シリーズに 『まだらのひも・ねじれた唇の男　シャーロック・ホームズの冒険より』（2003.9.） などがある。

日本児童図書出版協会発行《こどもの本》2005年2月号（31巻2号）には、わくはじめの「「サブダ」と「アリス」」というエッセイが載っている。 それによると、わく氏がポップアップ作家・サブダに“強く惹かれたのは、フランクフルトの'94ブックフェア”。翌年の見本市では“同行のエージェントの方に「サブダの本は全て押さえて下さい」”と思わず頼んでいたという。 “しかけ絵本は頁数に限りがあり、その多くは12頁、6場面と、ストーリー、内容性に十全ではない傾向が見られ”たが、『アリス』には“12頁の至る所にバランスよく小冊子が組み込まれ”“心憎いしかけが顔を覗かせ”ている。 全体にテニエルの絵を模倣しているが、ウミガメモドキは顔を肌色にしたため、ブタに見える（サブダの勘違いか？）。　1冊ずつ手作りのため、日本語版は品薄状態が続き、ネット・オークションでは定価（3800円＋税）の5倍の値がつくまでにヒットした。

ワークショップ形式による翻訳。訳者、井上真樹・北澤茂美・小林朋則・佐藤裕栄・鈴木景子・陶山洋子・徳永早苗・林美佐子・福田江利子・堀池悦子・山崎信夫・吉井一美。 定価700円（税込735円）。特に高価というほどでも無いが、デジタル書籍がアナログの文庫本より高いのはいただけない。 　〔→ バベル 「新訳　鏡の国」 〕

ブログ 『leprechaun 日々のたわむれ』内のWeb翻訳 （カテゴリー「不思議の国のアリス」）。パラグラフごとに英文と対照した訳で、原文はプロジェクト・グーテンベルグによる。 　訳者は、現在では否定されるキャロルの Alice Liddell への求婚説を信じていたらしいのだが、アリス以外に “リデルという女性と結婚しようとした”かのように書くあたり、恐ろしく いい加減である （「アリスを読んで」）。 注釈も、半可通のものが多い。　訳文 は最初のうち、わりに丁寧に思えるが、後半には、例えば12章の “Stuff and nonsense！”を 「バカとアホ！」 と訳しただけで、こと足れりとするような、ずさんさが目に付く。

楠本教授の訳は例えば mouse を“ネズミ”、Mouse を固有名詞（つまり人名のようなキャラクター名）と見て“マウス”と呼ぶことで、原典の微妙な工夫を生かそうとしているが、原文を同時に参照するような読者（は、ほとんど存在しないと思うが）以外に、その苦心が伝わるかとなると難しい。 パートリッジは英国キャロル協会のジュニア部機関誌《ドードー・クラブ》の表紙を担当する画家だが、日本人の一般的な好みからすると、ややクセが強いかも知れない（ただしパートリッジ挿画の英語版は存在せず、この本は日本オリジナル）。　〔→『鏡の国』〕

直木賞作家による翻訳。NHKラジオ《英語ものしり倶楽部》2009年4月号（5巻1号）に村山のインタヴュー「翻訳はデュエット／村山版『不思議の国のアリス』の世界へようこそ」が載っている。これによるとマドンナの絵本『ピーボディ先生のりんご』（集英社）の訳を編集者が読んだことから、『不思議の国』を翻訳する話に繋がったという。 チェシャ猫は“私の好きなタイプの男性の雰囲気、つまり、ちょっとつれなくて、世をすねた感じ”にしたとのことで、帽子屋は関西弁、三月ウサギは江戸っ子口調、ネムリネズミは語尾に「じゃん」が多い横浜弁に設定したという。村山訳は男性（キャロル）の一人称で語られているのも特徴。

『The Rabbit Hole』内のWeb翻訳。アリスが上方弁をしゃべるものの、完全な逐語訳。 2章のワニの詩で「村の鍛冶屋」、10章 海亀風のスープの歌で 「故郷（兎追いしかの山）」 を元歌にしているのは、原詩が当時流行した詩や歌のパロディであることを翻訳に反映させた試み。 9章 公爵夫人の台詞 『天、鉱山を空しうする莫（なか）れ』は児島高徳が桜の木に記した漢詩をシャレた。 12章で王様の駄ジャレに登場する医学用語“振戦（しんせん）”などとともに、いささか難解なジョークと言える。 2章の章題「なみだ池」は落語の「阿弥陀池」のもじり。 6章の axis／axes のシャレ、9章算術の四則、10章の魚尽くしなど、落語風ならではの遊びも多いが、全体に訳語の選択には飛躍が少ない。 ブログ「『「不思議の国のアリス」上方落語風』翻訳ノート」は未完。

サイト『T. H　WONDERLAMD 』（2016.10.以降『WONDER FOREST』と改題）のWeb翻訳。 6章の章題「コブタとコショー」は原題が PIG AND PEPPER. で頭韻を意識した訳（木下信一訳「仔豚と胡椒」とは別個に考えたようだ）。 3章、ネズミの尾話の詩は、ふつう無視される脚韻を意識したものだが、これは別途解説付きでなくては読者に通じないタイプの洒落。 パロディの元となった詩の全て（アイザック・ワッツの蜜蜂の詩「みずからをいましめて」、ロバート・サウジー「幸福なる老境」、デヴィッド・ベイツ「やさしきことば」、ジェーン・テイラー「キラキラ星」、メアリー・ハウイット「クモとハエ」、アイザック・ワッツ「なまけもののこえ」、ジェームズ・Ｍ・セイルズ「夕べの星」、「ハートの女王」） を訳して参照できるようにしたのは、Web上では初めてで有意義。　　〔→ 「鏡」〕

企画 小宮義宏（レン コーポレーション）ほか。編集 若林恵（WK&CO）。装丁 中村慎吾（Copanda Varelser（コパンダ・バーレルセル））。
チェコ・アニメの巨匠で、実写アニメーション映画「Alice」（1988.）でも知られるシュヴァンクマイエルが全編の挿画を描き下ろしたもの。 映画のスチール写真が使われているわけではない （また、妻であるエヴァ・シュヴァンクマエロヴァーのカラフルなドローイングとも異なるので注意）。 例えば“海亀もどき”は顔がブタ、甲羅がホシガメ、後足がカエルというようなシュールなコラージュになっているが、編者（大西）の知る限り、ポーランドの画家（Olga Siemaszko）も顔をブタに描いていたから、東欧では海亀風味のスープは、ブタのイメージなのかも知れない。 久美里美は経歴不詳だが、訳文は逐語的な全訳。言葉遊びの部分は矢川澄子、宗方あゆむ、脇明子、高山宏 等、ひと通りの既訳を参照しながら独自色を出そうとしているが、宗方が「くるくるパーティー」とした 7章章題を「くるくるティーパーティー」としたり、脇などが「いとど深く」としたヤマネの well のシャレを「いど深くに」としたり、改善したつもりで意味不明となってしまった箇所が多い。 　　〔→ 『鏡の国』〕

カヴァー絵 長崎訓子。本文イラストはテニエル。新書サイズ。

高杉一郎は、この年 1月に没している。山本容子の版画 は一見の価値あり （公爵夫人 はブタ顔、帽子屋 はキャロルの顔で描かれている）。以下、巻末プロフィールの引用。
“　1952年，埼玉県に生まれる。京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。洒脱で洗練された独自の世界を確立し，数多くの書籍の装幀，挿画を手がける。 『グリーティング』『エンジェルズ・アイ』（ともに講談社）をはじめ著書多数。東京メトロ副都心線、新宿三丁目駅に設置されたステンドグラス、モザイク壁画を 「アリス」 をテーマに製作した。
山本容子美術館 LUCAS MUSEUM　http://www.lucasmuseum.net”　〔→ 「90年代リスト」〕

リスベート・ツヴェルガー〔Lisbeth Zwerger〕は1954年オーストリア生まれ、国際アンデルセン賞等を受賞した著名なイラストレイター。 『クリスマス・キャロル』（日本語版、太平社）、『人魚ひめ』（小学館）、『くるみ割り人形』『ブレーメンの音楽隊』『オズの魔法使い』（いずれもＢＬ出版）他の作品がある。 石井睦美は1957年生まれ、翻訳絵本『ジャックのあたらしいヨット』（ＢＬ出版）で産経児童出版文化賞大賞を受賞。別名、駒井れん。 この『不思議の国』は、ユーリア・グコーヴァ版と同様、絵本サイズの本ながら完訳である。 ヤマネを “ねむねむヤマネ”と訳している点が印象的。6章 axis／axesを “だからそのぉー――」／「その斧とだって？”、11章 poor speaker を 「話しがない男だ」 と訳す等、大西訳を引き継いだと思われる箇所もいくつかある。 　〔→ 石井編訳リライト（「10年代リスト」）〕

〔→ 「ディズニー絵本」〕

最終更新　2022年12月30日