「かまわんでよい!」王さまは非常に、ほッとした ごようすで、「次なる証人を呼べ!」と言ってから、声をひそめて王妃さまに、「いや、ほんと、次の証人を、きびしく追求するときは、おまえがやってくれ。まゆをひそめすぎて、こめかみが痛むんじゃ!」
(“Never mind!”said the King,with an air of great relief. “Call the next witness.” And,he added,in an under-tone to the Queen,“Really,my dear,you must cross-examine the next witness. It quite makes my forehead ache!”)
cross-examine が「厳しい追及」であるなら、激しい気性の王妃のほうが、王より適任というわけだ。
ここの Really も、一種のダブル・ミーニング。
本来は軽い呼びかけの間投詞に過ぎないが、「本当に、王妃が詰問すべきだ」と読める。
拙訳は当初、“Really,my dear,”を 「なあ、妃や。」と訳していたが、その意味を込めて修正した。
(同様のパターンのジョークは、例えば 3章末 にも見られる。)
以下は、脇 明子訳(〈岩波少年文庫〉版)。
白ウサギは低い声で「陛下、この証人には、反対尋問をなさらなくては」と言いました。
「必要とあらばやむをえまいな。」王さまはゆううつそうにそう言うと、まず腕組みをして、目が消えて
なくなるほどしっかりと眉をひそめ、いかにも賛成できないと言いたげに料理番のほうをにらみつけてから、
低い声で「タルトは何でできておる?」と言いました。 〔中略〕
「いやはや、つぎの証人の反対尋問は、おまえがやってくれなくてはいかんよ。反対しつづけて
おると、額がくたびれて、痛(うてならん!」 〔原文“おまえが”に傍点〕
最後の forehead ache は、ふつうなら単に headache 「頭痛」とするところで、一種の造語と言える。
高山宏訳(1994.)は「額痛」としているが、このジョークが読者に通じたか、一般向けの翻訳としては疑問。
稲木昭子、沖田知子 共著の研究書 『アリスの英語』(1991.)でも「額痛」と解説しており(39,216頁)、高山訳は これに従った可能性が大きい。