でもこんど、見つかったのは小さなビン(「こんなの、さっきはぜったい、ここになかったのに」とアリス)。ビンの首には、紙のラベルがむすんであって、それには 「のみたまえ」 と、きれいに、大きな字で印刷されていた。
(this time she found a little bottle on it (“which certainly was not here before,”said Alice),and tied round the neck of the bottle was a paper label,with the words“DRINK ME” beautifully printed on it in large letters. )
ソフトウェア使用前に、しばしば表示される readme というファイルの名前 は、『不思議の国』 の “DRINK ME” 「私を飲みなさい」 の札 (と “EAT ME” と書かれたケーキ) が起源、とする説が一般的。
ここで アリスの、ヴィクトリア朝女性らしからぬ 「食欲」 について論及する人が多い (精神分析的解釈を ほどこす人も、たまにいる) が、
物語の主人公が 見知らぬ場所で迷った挙句、たどりついた部屋で飲み食いするということ自体は、グリムの 『ヘンゼルとグレーテル』 などを見るまでもなく、フォークロア(民間伝承) の基本パターンに過ぎない。
このパターンの民話で、イギリスで最も親しまれているものは、たぶん 『ゴルディロックスと 3匹の熊 〔Goldilocks and the Three Bears〕』 であろう
(参考サイト→ 1,
2,
3)。
やや脱線するが、 3 がマジカル・ナンバーなのは、河合祥一郎 編集 『スナーク狩り』(高橋康也訳。新書館、2007.) の編者注 *5 でも触れられているとおりで、これも洋の東西を問わず フォークロアの基本型である。
リチャード・マシスン 『不思議の森のアリス』(仁賀克雄訳。論創社〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉 2、2006.) の表題作は、28才の主婦アリスが、ピクニックの最中、森の中の家で オートミールを食べ、自身を見失うという恐怖小説で、童話 「3匹の熊」 のパロディだ。
『THE NURSERY “ALICE” 子ども部屋のアリス』 で、キャロルは次のように書いている。
she came to a little table,all made of glass,with three legs ( There are just two of the legs in the picture,and just the beginning of the other leg,do you see?),
「アリスは小さなテーブルに近よったんだ。それは 3本脚で、ぜんぶ ガラスでできている (絵を見ると脚が 2本だけ、あるね。それに、3本目も、ちょっと だけ、見えるだろ?)」
マルト・スガン=フォント 描く フランス語版 (邦題 『アリスのふしぎな夢』) では、3本目の脚 は文字通り “ちょっとだけ” 現れている。
生成中ということだろうか? フランスだけに、シュールな表現だ。
桑原茂夫氏 は 『チェシャ猫はどこへ行ったか ルイス・キャロルの写真術』(河出書房新社、1996.) で、魔法の瓶から 写真撮影に使う薬品の瓶を想起している。
3本脚のテーブルについても、『アリスのティーパーティ』(〈河出文庫〉、1986. 34頁) に次のようなシュールな注釈を付す。
はじめにアリスが着いた広間 には三本脚のテーブルがあった。テーブルでも椅子でも,脚 は なにも四本でなければならないということはない。
実際アフリカ には携帯用の三本脚の椅子などがあり,座り心地も わるいものではない。
まるで、英国 には 3本脚の椅子が存在しないかのような口ぶりだ。
桑原氏は 《別冊現代詩手帖》 『ルイス・キャロル』(1972.) の編集を手がけた、日本におけるキャロル“研究” ブームの仕掛け人で、
『ことば遊び百科』(筑摩書房 〈不思議の部屋〉1、1982.) のアクロスティックの説明などは読みやすく解りやすいが、桑原氏自身の思いつきには、この手の牽強付会が少なくない。