台所で、くしゃみを しないつわものは、料理人と、大きなネコの両名のみ。
( The only two creatures in the kitchen,that did not sneeze,were the cook,and a large cat,)
two creatures の訳しにくさについては 別宮貞則 の 『「不思議の国のアリス」を英語で読む』 (ちくま学芸文庫、144-5頁)でも解説されているが、訳せないとあきらめるのは早計だろう。
この 2名 こそは王様よりも強い、不思議の国でも最強のキャラクターであることを考えれば、むしろ、ぜひとも訳すべきところ。
「くしゃみをしない両雄は」 という訳も考えたが、料理女に 「雄」 はさすがに失礼と思い、やめた。
ここで一方の雄 「チェシャ猫」 は、a cat という普通名詞の形で登場したものの、すぐに a Cheshire-Cat 、章の後半では the Cat と大文字で固有名詞化されるのに対し、もう一方の雄 the cook のほうは最後まで (11章で再登場したときも)小文字のままであることを、
稲木昭子・沖田知子両教授の 『アリスの英語』 (および 『コンピュータの向こうのアリスの国』)は指摘する。
the cook は,いつまでたっても固有名詞化されない. 〔中略〕 裁判の証人に呼ばれても,たった二言発しただけでさっさと退廷したりするだけなので,その人格などは問題にならないからであろうか.
あるいは 大文字で Cook と書けば、人名の “クック” とまぎらわしいこともあり、配慮したのかも知れない。
1854年 8月 〈ホイットビー・ガゼット〉に発表されたキャロルの詩 THE LADY OF THE LADLE 〔『ルイス・キャロル詩集』所載の高橋康也訳では 「台所姫を恋うる歌」〕の場合は、a Cook と、大文字が使われている。
『子ども部屋のアリス』(1889.) でも、the cook ではなく、the Cook である。
『アリスの英語』 1章では、続けて次のように言う。
これ以外に,『アリス』に登場する生き物のなかでは最もそれらしく 〔動物らしく、の意か〕描かれている puppy は擬人化されず,ずっと小文字で取り扱われる.
飼い猫,メイド,従僕など,呼びつけるための名前が必要なものには,固有名詞の名前( Dinah,Mary Ann,Bill,Pat )がつけられているのとは対照的である。