8月18日(奥付では31日)、ハヤカワ〈クリスティー文庫〉の 1冊として
『さあ、あなたの暮らしぶりを話して クリスティーのオリエント発掘旅行記』が刊行された。
旧〈ハヤカワ・ミステリ文庫〉の真鍋博の洒落たカヴァー絵が消えてしまったのは残念だが、主要全作をポアロ、マープル、トミー&タペンスと探偵別に分けたうえで原書の刊行順に番号を振り、かなりスッキリ整った全集になった。
この本のように初めて文庫化されたマニア向けアイテムもある。
といっても小生はクリスティー・マニアじゃないが、『さあ、あなたの…』の原題は“Come, Tell Me How You Live” (1946.)で、『鏡の国のアリス』第8章、白の騎士の唄の一節を引用したもの。
巻頭に、そのキャロルの詩をパロった詩をクリスティーが書いている(キャロルの原詩はワーズワースのパロディー)。
本編の内容は中東の遺跡発掘記で、別に『不思議』とも『鏡』とも関係なく、巻の中ほどに登場人物の一人が考案した無意味な蚊よけパジャマ(発掘現場には蚊がいない)を白の騎士の珍発明に例えるエピソードが、ちらりと出て来る程度。
しかし、クリスティーが直接キャロルをリスペクトしているという点では興味ぶかい本だ。
『アガサ・クリスティー自伝』にも、幼少期クリスティーが『アリス』を読んでいたことは記載されてるが、クリスティー作品でアリスと言っても『ABC殺人事件』で最初に殺される煙草屋の婆サンの名前が“アリス”だったなというくらいで(笑) あんまり、つながらない。
いや、小生はクリスティー・マニアじゃないから知らないだけかも知れんが、何かご存知の方はご教示ください。〔後注。『複数の時計』に『鏡の国』のセイウチと大工の詩の引用がある。〕
クリスティーの謎の失踪事件や最初の夫との離婚、14才年下の考古学者マックス・マローワンとの再婚については『自伝』やらフィクションなら『メソポタミヤの殺人』やら、評伝なら中村妙子の『鏡の中のクリスティー』(1991.)やら何やらを読んでもらうとして、
再婚後ほぼ毎年発掘旅行に出かけていたクリスティーが描いたシリア滞在記が本書だ。
読者へのサーヴィス精神、というか大英帝国時代の余裕のユーモアみたいなものが全編をおおっていて、面白おかしい読み物になっている。
それに、〈創元推理文庫〉版の新訳『ABC殺人事件』(2003.)のときも思ったが、深町眞理子の翻訳がいい。クリスティーの翻訳者としてはベストかも。
その深町の解説にもあるが“若き日のマックスがアガサと知りあったウルの遺跡は、近くのウールクの遺跡とともに、二〇〇四年現在、わが日本の自衛隊が駐屯しているサマーワから程近いところに”ある。
西尾幹二氏は何故か知らなかったようだが、
古代シュメールの都市・ウルは、「ノアの洪水」伝説とかとの関連で、むかしから有名。
まぁこんな話は知ってても自慢にゃならないが、
そう言えば自衛隊のイラク派遣が決まったころには「日猶同祖論」の人たちも密かに盛り上がってました(日本人とユダヤ人は祖先が同じ、というオカルト説で、シュメールを発祥の地と考える。
洪水の話が好きなのは、だいたい世間に厭き厭きしている貧乏人だけれども、こちらの説の信奉者は経営者とかハイソな人にも多い。
で、“本気”で中東支援に動くのは、こういう人たちだったりする、とか言ってみたりして…)。
今回の日記のネタだけで、安手のSFミステリーなら何本でも書けそうですな。
(お騒がせの自衛隊イラク派遣だったが、陸上部隊に関しては06年7月、帰国を完了。)
〔→日記indexへ戻る〕
|