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どんなにアリスは、あこがれたろう、こんな暗い部屋を出て、あの、色あざやかな花々が植わり、すずしげな噴水のあがってる中を散歩できたらって。
(How she longed to get out of that dark hall,and wander about among those beds of bright flowers and those cool fountains,)

ガードナーの 『詳注アリス』(1960.) と 『新注アリス』(1990.) に書かれた注釈は、たいてい特に修正も加えられず 『決定版』(2000.) に引き継がれている。 それがガードナー注の信憑性を高めることにもなっているのだが、ただ 1ヵ所、ばっさり削除された注が、ここである。

子どもたちと実際にクロッケー遊びをすることもあり、慕われていたキャロルに対し、窃視者のように見なす注釈は、さすがに適当でないと判断したのだろう。

ガードナーも、最初の注釈の時点では、キャロルが非社交的で、閉じこもる 「少女愛者」 だったという伝説を方向づけ、助長していたと言えるが、無論 その追随者たちやフロイト派に比べれば、慎重な書きぶりだった。 『詳注アリス』 の序文を読めば判るとおり、キャロルがペドファイルであるというような見方を、ガードナーは きっぱり否定している。
ロジャー・ランスリン・グリーンの注釈によれば、キャロルが 「司書補」 であったのは、わずか 1年半ほどで、1857年 1月まで。 以後は その司書補の部屋に入る権利が無かった。 Alice Liddell が 5歳以前の話であり、果たしてクロッケー遊びに興じる姿を見ることなど、あったかどうか。 いずれにせよ、最初の注釈 では、ガードナーも憶測を書いていたに過ぎない。



Frobel_Gartenthor 右の挿画 は、現在につながる 「幼稚園 〔ドイツ語
の Kindergarten を訳したもの〕 」 を創始したと言っ
てよい フレーベル 〔 Friedrich Fröbel(Froebel),
1782-1852.〕の 著書 『母の愛と愛撫の歌 〔Mutter=
und Koselieder〕』 (1844.)から。
最初の英訳 “Mother Play and Nursery Songs” の
出版はフレーベルの死後四半世紀を経た1879年だ
が、絵本のようなものなので 識者ならばドイツ語版
を難なく読めたろう。
1854年の ロンドン万国博でも フレーベル式教育法
が展示紹介されている。 英国の幼児保育には独特の歴史もあり、フレーベル
式幼稚園がそのまま普及したわけではないので、フ
レーベルの著作や思想とキャロルのそれとを直結で
きるかは疑問だが、確実に言えるのは、 …というイメージが当時のヨーロッパに普遍的なもの
だったということだ。
また、フレーベルとキャロルの著作の同時代性 とい
う視点からも考えることができる。
この本 に表わされたような “理想の庭園” を 発想
の基点とし、それに独特の諧謔味 を加えたものが、
『不思議の国』 の庭園だと言えよう。



ピーター・ミルワードは、『童話の国イギリス』 (小泉
博一訳〈中公新書〉、2001.)で「理想の庭園のイメー
ジに注目」し、次のように言う。

これでは、まるでキャロルもそのバラ園を理想として書いたかのようだが、その庭園の実体は 8章 「妃殿下のクロッケー場」 に見るとおりだ。



訳者は、むしろ思想家ラスキン〔John Ruskin(1819-1900.)〕の 『胡麻と百合 〔Sesami and Lilies〕』 を想起する (あくまで余談だが)。
1864年のマンチェスターでの講演を収めた本で、『不思議の国』と同じく1865年に出版された。
前半は読書論の Sesami ―Of King's Treasures 「ゴマ……王者の宝庫」で、よくラスキンの言葉として引用される“人生は短い。〔中略〕 この書物を読めば、あの書物は読めない”などの箴言が散りばめられている。
そして後半が、女性教育論の Lilies ―Of Queen's Gardens 「ユリ……王妃の庭」。
当時、チェシャー州ウィニングトンの女学校でも多くの少女たちを相手に、しばしば絵画など教えていたラスキンにとって、子女の教育は重大関心事だった。
『胡麻と百合』 については、現在 プルーストの注釈(本文より長いほどの)がついたものが邦訳で読めるので、関心のある向きはそちらを参照して欲しいが、翌66年に出版された 『塵の倫理 〔Ethics of the Dust〕』 は戦前のものしか邦訳がないと思う。
これも一応、道徳教育論なのだが、少女たちと「老講師」との哲学的対話篇というべきで、ギリシャ神話とエジプトの神話を比較したり、ラスキン自身が幻視したと思われる夢想も顔を出す。
ここで少女たちを各種宝石に例えているのは、基本的にはラスキンが地質学にも造詣の深い、広い意味でのナチュラリストだったからだ。

ラスキンの自叙伝 『プラエテリタ 〔Praeterita ラテン語。「過ぎにしことども」〕』(1889.完成) に、Alice Liddell が登場することはよく知られている(フロレンス・ベッカー・レノンは、キャロルが Alice に求婚したという伝説を創作した著書 『ルイス・キャロルの生涯 〔副題 Victoria through the Looking-glass〕』(1945.)で、意味ありげに引用している)**が、 この 『塵の倫理』 にも 「アリス」 という名(Alice Liddell ではないけれども) が登場するのを ご存じの方は少ないだろう (LECTURE 10. THE CRYSTAL REST)。