詩の説明をやってみようとするものは、まるでいない
(none of them attempted to explain the paper)
広い世界にはこの意味不明な詩にキャロルが謎を隠していると信じ、解読を試みる奇特な方もある。
訳者もそんな人からメールを受け取ったが、可能性の限りなくゼロに近い仮説と言わざるを得ない。
例えばメールの方が達した結論らしきものを見ると、料理人と影の人物たる「公爵」が不倫関係で、公爵夫人と王様も不倫、「公爵」と女王の関係もあやしいという。
一種のキャロリアン・ジョークかとも思ったが、当人はかなり本気らしい。だが、なぜ「トリプル不倫」になってしまうかと言えば、頻出する代名詞の全てに「意味」を与えれば、そういう複雑な関係になってしまうからに過ぎない。本当にこの詩がノンセンスでないなら、もっとすっきりとした意味が立ち現れてくるはずである。
詩中にあるaffairはlove affair「情事」を前提とした語だが、これは当然で、秘密めかした「手紙」に見せるためには恋文の体裁を借りるのが効果的だからそうした、という以上の解釈は必要なかろう。私にメールを下さった方は、キャロルのこういう単純な仕掛け(罠ですらない)に、あっさり引っかかっている。
また内容以前の問題として、この方は意味不明の詩をノンセンスとして楽しむことに価値を見いだせず、パラノイアックに「意味」を探そうと奔走している。キャロルの文学的遺産の相当大きな部分、意味を解体してしまうノンセンスの価値が、この人には見えていない。ノンセンス詩に俗流の「意味」を見つけることで、ノンセンスの「意義」を無にしてしまっているのだ。
そもそも自説を主張することで何を明らかにしたかったのだろう? キャロルが『不思議の国』にそういう謎を隠す、下品な性格だったこと、だろうか? そんな「解明」に感心する人は、当人以外にはまず、いまい。『鏡の国』の物語がチェスの進行に関連づけられるように、この詩が『不思議の国』の内容とリンクした劇中劇になっているという発想そのものはユニークだが、本筋の部分で考えが足りない(この人の説はかなり半可通で、誤りも多かったが、それは下記のページに解説する)。私もこのサイトの訳注では多少、奇説めいたものを唱えているが、できるだけ『不思議の国』という作品、もしくはキャロルという人物の理解に資するようなものを、と心がけたつもりだ。
老婆心ながら今後、このような論理の迷宮に落ちる人の減ることを願って、無用な注を付した。
時間的余裕のある方で、上記メールのワイド・ワイ氏の主張をご覧になりたい方は『書道とギリシャ語』−〈こぼれ話〉8,12へ
〈こぼれ話〉12を読まれたら必ず訳者(小生)からの反論「迷宮の論理からの脱出」もお読み下さい。
この詩の原形は、1855年キャロルが《The Comic Times of London》に発表した‘She's All My Fancy Painted Him’。
[This affecting fragment was found in MS. among the papers of the well-known author of‘Was it You or I?’a tragedy,and the two popular novels,‘Sister and Son,’and‘The Niece's Legacy,or the Grateful Grandfather’.]
SHE'S all my fancy painted him
(I make no idle boast);
If he or you had lost a limb,
Which would have suffered most?
He said that you had been to her,
And seen me here before;
But, in another character,
She was the same of yore.
There was not one that spoke to us,
Of all that thronged the street:
So he sadly got into a 'bus,
And pattered with his feet.
They sent him word I had not gone
(We know it to be true);
If she should push the matter on,
What would become of you?
They gave her one,they gave me two,
They gave us three or more;
They all returned from him to you,
Though they were mine before.
If I or she should chance to be
Involved in this affair,
He trusts to you to set them free,
Exactly as we were.
It seemed to me that you had been
(Before she had this fit)
An obstacle, that came between
Him,and ourselves,and it.
Don't let him know she liked them best,
For this must ever be
A secret,kept from all the rest,
Between yourself and me.
『不思議の国』の詩と比べると、前半は大きく書き換えられているが、枠組はそのままに再利用されているのが解る。