脚 韻 邦 訳 の 愉 し み





    〔以下は日本ルイス・キャロル協会機関誌《MISCHMASCH(ミッシュマッシュ)》25号(令和 5(2023)年11月 1日発行)初出の大西小生「脚韻邦訳の愉しみ」(Interesting Japanese Translation of the Foot Rhyme)を誤字のみ修正して再掲するものです。〕

    脚韻と笑いの文学
 拙訳の『ふしぎの国のアリス』は発表する当てもないまま、2001(平成13)年に訳了。にわか仕込みでHTMLを独学し、翌年12月にウェブ上に公開1 した。20年以上も前の話だ。その後、紆余曲折あって2015(平成27)年に日本ルイス・キャロル協会に入会し、その年は私家本で、ウィリー・ポガーニ挿画の『ふしぎの国』を出版することに傾注して終わったが、翌2016(平成28)年から毎年、機関誌《MISCHMASCH》にも寄稿するようになった。資料の紹介程度のものが多いが、エッセイ、随想的なものをと考えつつも、やや堅めの論文調で書いて来た。今回はもう少しざっくばらんに本音の自分語りができればと思っている。学者でも翻訳家でもない素人のつぶやきにお付き合い願います。
 拙訳は、ごく少数の方々には気に入ってもらえたようだが、所詮はかないウェブ翻訳、もしくは私家本のこととて、その評価が文章として論じられることもなく、当時としては新味のあったいくつかの試みも、ほぼ無視されて来た。中でも訳詩の多くに脚韻を用いてみたのは自分としてはなかなかに画期的なことをしたつもりだったが、むしろ逆に批判を受けるような形にもなった。以前、キャロル協会の例会で古参会員の方が、近頃の翻訳で脚韻を試みる人が増えたが、脚韻は日本語の伝統に反している、というようなことを言われていた。誰に向かっての忠告か定かでないが、アリスの訳で本格的に脚韻を採用したのは、私、河合祥一郎2 、高山宏3 くらいで、あとは部分的な試みがあった程度だと思うから、これは自分への軽侮と感じた。それとは別の例会の時、安井泉会長も、翻訳の脚韻は大して意味がないように思う、韻律の再現には七五調が妥当ではないか、という意味の発言をされていた。実際、その後に出版された安井先生の『不思議の国』4 でも、訳詩は完全な七五調ではないにせよ、それを志向していたように見える。
 口幅ったいことを言うと、七五調での翻訳は私も最初に考えたのである。あとで拙訳を引用するつもりだが、『ふしぎの国』3章の「ネズミの尾話」の詩などは、それに近い形で訳している。しかし七五調の形式は、翻訳としてはやや古風な印象を与える。拙訳の少し前の訳者で言えば脇明子の『鏡の国のアリス』5 巻末詩が五七調を用いて、シリアスな雰囲気をかもし出し印象的だった。これもひとつの有力な方法とは思ったのだが、訳しているうちに七五調には飽き足らなくなったというか、このあたりの感覚は人によりけりだろうが、私としては自由律で調子よく読ませることのほうが難易度が高く、やりがいがあるように思えて来た。一方で脚韻に注目することにもなったのだが、不思議と私は詩の「定型」というものにはあまり魅力を感じない(ふつうは定型詩の一要素として脚韻も論じられるわけだが)。
 拙サイトには『ふしぎの国』の巻頭詩の訳に付記して、次のような注釈を載せている。
    脚韻のまねごと(拙訳も厳密に韻を踏んでいるわけではない)は、日本語では効果が期待できないという理由で、無視するのが通例だし、ごく一般的な詩の規則であって別にここでキャロルの本領が発揮されているというわけでもないが、少なくとも形式にこだわったほうが、自由訳よりも推敲しやすいという面はあるように思う(つまり自由訳は、詩の翻訳にしては何かおざなりな感じがする)。
    エドワード・リア『ナンセンスの絵本』の翻訳(1985、1988、2003.)6 では大いに脚韻にこだわった柳瀬尚紀さえ、この詩の韻には挑戦しなかったようなので、あえて試みる気になった。
 これはユーモラスな面はあっても半分はシリアスな献詩に付した説明だから控えめに書いたもので、これはこれで嘘はないのだが、本文の訳で試みた脚韻については、実のところ、もっと積極的な意図があった。というのもキャロルは巻頭詩では「一般的な詩の規則」として脚韻を用いているに過ぎないように思えるが、本文中のノンセンス詩では大いに脚韻で「遊んで」いる。特に10章後半の詩では「脚韻という規則そのものをパロディ化している」とさえ言えるのではないか。つまり、脚韻にキャロルの「本領が発揮」されている。この面白さを訳出するには、日本語でも韻を踏むしかないと考えたのである。この点については後段で追い追い解説するとして、引用の末尾にあるように私に直接のインスピレーションを与えたのは柳瀬尚紀の訳業、なかんずく『ナンセンスの絵本』だった。その中から1篇、例を引いてみよう。
    There was a Young Lady of Norway,
    Who casually sat in a doorway:
    When the door squeezed her flat,
    She exclaimed‘What of that?’
    This courageous Young Lady of Norway.
    娘は北のノルウェー生れ
    あるときドアにぐいっとはさまれ
      ぺっちゃんこになり
      「なにさ!いきなり!」
    こんな気丈は稀(ま)れも稀れ
 もっと予測できないハチャメチャなもののほうがエドワード・リアの特徴が出るかとも思うが、比較的キレイにまとまっているのを選んでみた。これでも充分リアらしい無邪気なシュールさは出ているだろう。人によって好き嫌いはあろうが、この訳詩がつまらないと言う人は、たぶんリア風のノンセンス自体を受け付けない人と思う。柳瀬尚紀の仕事としては、エリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』の名訳や一大労作であるジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』の畸訳よりも、却って素朴な『ナンセンスの絵本』のほうが後世にまで残るのではないかとすら私は感じている。キャロリアンには『シルヴィーとブルーノ』や『もつれっ話』、アリスの翻訳も読み継がれていくだろうけれど、好事家の蔵書の域を出ないのではないかと危惧しないでもない。
 『ナンセンスの絵本』で最も目を引く点は脚韻にほかならず、「日本語では脚韻の効果が得られない」という通説を軽く飛び越えてみせたわけだが、この快挙は「笑い」が主眼の作品だったからこそ可能になったとは言えるだろう。本来、日本語は韻を踏むとユーモラスになるものなのである。その例として多くの人が思い浮かべるのは谷川俊太郎の『ことばあそびうた』7 ではないか。「かっぱかっぱらった(…)」に代表される現代のわらべうたは、類音の連続の面白さからなるのだけれど、脚韻の効果も加味されていると見ていい。どの詩を採ってもある程度は言えることなのだが、「たね」という作品など典型で、第一聯を挙げると、
    ねたね
    うたたね
    ゆめみたね
    ひだね
    きえたね
    しゃくのたね
 笑いとは別種のポエジーも感じるが、ユーモラスであることには変わりない。
 文学的体験としてはそういったところだが、日本語の脚韻が可笑しみを帯びていることは、もっと早くから日常的に知っていた。「けっこう毛だらけ猫灰だらけ」とか「鬼も十八、蛇(じゃ)も二十(はたち)」とか、韻を踏んだ言い回しは愉快である。駄洒落にも脚韻的な反復は定番で、ちょっと思い出すのは(時期的には『ことばあそびうた』より少しあとになるが)、香港映画の「Mr.BOO!」ことマイケル・ホイの吹き替えや、東京ムービー新社製作の「名探偵ホームズ」(1984.11.-1985.5.)で犬のホームズを演じた声優の広川太一郎がアドリブで、「有名、無名、チャーハンうめえ」とか「はやく出てやらんかスリランカ」とか話芸を披露していたのが広川節などと呼ばれて親しまれていた。
 そんなわけで「笑いの文学」であるルイス・キャロルの翻訳にも脚韻は似合っているものと私は内心、最初から信じていた。自分でも『ふしぎの国』を訳そうと考えた理由は色々あるが、ひとつには心から愉快と思える邦訳が少ないと感じていて、日本語として笑える文章を目指したいということがあった。拙訳でそれが実現したかはともかく、最近でも意外と硬い文章でアリスを綴る訳者は少なくない。これだけ訳書があふれていれば大人にしか読めないアリス本があってもかまわないだろうが、そこには識者の片寄ったアリス観も影響しているかも知れない。知的な論者というのはアリスの世界を語るにおいて、その疎外感とかグロテスク性を強調しがちで、それはそれで一面の真理であることを私も認めるけれども、この物語に圧倒的な人気があるわけは、グロテスクを凌駕する可愛さがあり、全てを包含して許す「笑いの文学」だからということではないのか。その点を捨象したアリス論には、どうしても違和を感じてしまう。無論、笑いと言っても『ふしぎの国』にも哄笑を呼ぶ場面もあれば、さりげないクスリとする程度のジョークも含まれる。それらの雰囲気も原典に沿って生かしたいと思った。

    日本語脚韻の系譜
 Rhyme自体に話を戻すが、この国において「脚韻」があまり量的に広まらなかったことは事実だろう。それにはそれなりの理由がある。しかし、その試みは日本の詩史上、断続的にせよ連綿と続いて来た。
 これは自慢にしていいかと思うが、私は本邦初の近代詩集とされる『新体詩抄』(1882.8.)に実験的に脚韻を用いた作があることを、すでに小学生の時から知っていた。ほとんど交流のなかった叔父が、どういうつもりか子どもの私によれよれの詞華集をくれたのだが、この最終章の初めに矢田部良吉の創作詩「春夏秋冬」が載っていたのだ。本は残してないが小海永二という先生の編・解説8 で、学習向きだった。参考に最初の聯のみ引用してみるが、冒頭、タイトルのあとに「此詩ハ句尾ノ二字ヲ以テ二句ヅヽ韻ヲ踏ミタルモノナリ例ヘバ「よろこばし」「暖かし」ノ如シ」と原著者が親切にも注釈している。
    春ハ物事よろこばし   吹く風とても暖かし
    庭の桜や桃のはな    よに美しく見ゆるかな
    野辺の雲雀ハいと高く  雲井はるかに舞ひて鳴く
 なお、原本では署名は尚今居士で、変体仮名も用いている。冒頭の注がなければ韻に気づかない人もあったかと思われるが、その場合でも調子の良さは感じただろう。子ども心に私は面白いと感じたし、あとに続く者も多かったのではないかと想像していた。
 岩野泡鳴『新体詩作法』9 六章の「韻法」には次のような同時代的証言がある。
    新体詩創始時代には、創始者達が西詩の脚韻を移したのがあつた。それが森鴎外等の『於母影』に伝つたが、流暢で呑気な七五調を一行置きに、而も単韻を踏んだのであるから、その効力は殆ど皆無であつた。鴎外と前後して、中西梅花も露伴と共に韻を探つたことがあるが、それも『梅花詩集』に出て居るのを見ると、大して進んだ考へがあつたとは見えない。単韻でも、『雨は降て来る〔乾し物ァぬれる、背なぢヤ 子が泣く、飯ヤ こげる。都々逸〕』の様に、句切れ毎に踏むなら充分の利き目があるが、一般に緩慢の傾きがある七五調に、四句切り毎に単脚韻が来るのでは、たゞ戯れの様に見えるから、寧ろ踏まない方がいい。
……として、『於母影』(1889.8.)巻頭「いねよかし」の書き出し部分を載せている。
    けさたちいでし故里は
    青海原にかくれけり
    夜嵐ふきて艪きしれば
    おとろきてたつ村千とり〔千鳥〕。
 泡鳴はさらに続けて、自身は三・三・四の「十音詩」を考案して発表したが「二重韻または三重韻を踏んでこそ、初めて脚韻の効を奏するのだ」と主張した。その後、正岡子規が「俳諧的新体詩」で「七五調一行置きの有名無実な押韻」を試みていた、とも書く。
 泡鳴の「十音詩」とは以下のようなものだ。詩集『露じも』10 から「富士川」の初めの2聯を引く。
    万弩(ど)を つゝむ 夜(よ)しずか
        富士 の 雪 に 明けそめ、
    さめし 露 の 朝ゆか
        すそ野 照らす しのゝめ
    千里 も なびく 白はた、
        岸 に 並らぶ 武者 源氏、
    やがて 廻へさン 勝ざた、
        ながれ 沈む 歩(ほ)を 転じ。
 泡鳴は自称「十音詩」以外では脚韻の詩を作ってないと語るが、実作はむしろ韻以外の部分が下手なようだ。が、その論点は納得でき、単音で韻を踏んでも音響的効果はほとんどなく、たいていの読者は気づきさえしない、というのは脚韻詩を実作してみた人なら誰でも分かる道理だ(その意味で高山宏先生がアリス翻訳で単韻に満足しておられるらしいのは不思議で、あまつさえ「ここ韻踏んでるんだよとわかるほどには翻訳した詩にも活かそうとは心掛け」たとまで書いている11 のは理解しづらいのだが)。
 英語などの脚韻は語尾の「母音+子音」を揃えるという規則があるが、日本語は母音で終わる言葉なので、「母音+(子音+)母音」以上の形で韻を踏むべきだ、というのが私の従来の見解であり、大方の賛同は得られるかと思う。岩野泡鳴の言う「二重韻」もこれなのだろうが、驚いたのはそれをイタリアの「韻法を採用した」と書いていることだ。イタリア語も語尾が母音になるから「母音+母音」の脚韻を踏んでいるわけだが、正直言うと泡鳴が知的な人物であったことに驚いたのだ。シモンズ『表象派の文学運動』のような訳書があることからして、ある程度の学識は想定できたはずだが、私にとって泡鳴は名を知るばかりでまるで読まない作家だった。
 知的に脚韻を鼓吹したマニフェストとして最も有名なのは、九鬼周造の著書『日本詩の押韻』12 だろう。その書き出しは、こうである。
    日本詩押韻の問題は、長歌短歌の形式が確立した奈良朝の末に『歌経標式』によつて初めて提出された。それ以来、平安朝では『奥義抄』によつて繰返され、江戸時代には俳人の関心を促し、明治初年には新体詩の成立と共に新しい解決が試みられた。
 九鬼は単音の韻や同語反復もふつうに脚韻として評価するのだが、その見方だと記紀や万葉の時代から、どこまで意識的な作かは分からないにせよ、実例が少なくないことが豊富な引用によって示される(長歌の一部で韻を踏んだという程度のものばかりだが)。
 ちなみに九鬼は末尾の母音のみの韻を単純韻、子音+母音の韻を拡充単純韻、母音+子音+母音の韻を二重韻と呼んでいて、単純韻が効果的な場合についても細かく考察しており、「聴覚上の印象は、二重韻を日本語の典型的詩韻と見做すことを正当と考へさせる」と慎重な述べ方をしている。
 藤原浜成の歌論書『歌経標式』は同音の反復を忌む「歌病(かへい)」を問題化したことで知られるが、脚韻を否定したわけではなく、簡単に言えば有用な韻と有害な韻があるという説だった。藤原清輔の『奥義抄』も「歌の本体は韻字を用べき也」とする。藤原俊成の『古来風体抄』には「三十一字の歌のうちなどに、〔中略。句ごとに〕韻の字のなど申すらん事ども、いといと見苦しく侍る也」とあり、九鬼は短歌に関しては正論かも知れないが、長歌や旋頭歌や今様に関しては当たらない、と書いている。実際のところ、和歌にも脚韻を踏むものはある(頭韻の例のほうが多いとは思うが)。九鬼の挙げる例で見れば、
    山かぜに峯のささぐりはらはらと
    庭に落ちしく大原の里       (寂然)
 これは西行法師の『山家集』に返歌として載る。美しいが、脚韻の効果としては微妙だ。九鬼は詩韻の「音声学的性格」を論じた箇所で、「西洋や支那のやうな濃厚な聴覚的価値を有つた押韻を成立せしめないとしても、」「余り強く響いて余りにあらはになるよりは、むしろ幽かに響いて半ば蔽はれてゐるはうが、却つて日本人の美的要求に応じてゐるのではあるまいか。」と述べていて、ひとつの考慮すべき捉え方だが、私としてはもっと強い語感が欲しいところである。九鬼は挙げていないが、百人一首の「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の」(伝・柿本人麻呂)などは、日本式のしつこい脚韻が音響的効果を上げている最も知られた例だろう。
 今様については、九鬼は別の箇所で『梁塵秘抄』の次の歌が、意識的に脚韻を用いていると紹介している。
    ふしのやうかるは木の節(ふし)
    萱(かや)の節
    山葵(わさび)のたての節
    峰には山伏
    谷には鹿(か)の子臥(ふし)
    翁の美女(びんでう)婚(ま)り得ぬ独臥(ひとりぶし)
 私流に解釈すれば高尚な文芸作品に脚韻は余計かも知れないが、俗歌や諧謔詩では大いに韻を踏めばよいのである。
    伊勢は津でもつ
    津は伊勢でもつ
    をはり名古屋は
    城でもつ
 この唄などを引いて九鬼は「四句から成る俗謡には漢詩風に第三句を除いて他の句に押韻したものが屡々ある。」と解説する。
 九鬼周造は芭蕉らの俳諧や、もちろん『新体詩抄』以下、鴎外、梅花、泡鳴、子規や島崎藤村、与謝野晶子から若手だった金子光晴や中野重治まで、その脚韻の実作を幅広く例示して見せる。日本だけではない。仏、英、独、伊語からラテン語、漢語まで引用するその学識には圧倒される。九鬼が「押韻は決して西洋に起源をもつものではない。」「印度か支那が恐らく押韻の発生地であらう。」と言うのは戦前の時代がことさらに主張させたとも思えるが、事実ではあるだろう。「押韻法は東洋に発達したもので、西洋では、先づラテン語がアラビア語から押韻の法を輸入し、ラテン系の文学がそれを継承して更にチュウトンおよびアングロサクソンの文学に伝へたのである。」つまり、九鬼としては日本詩の押韻を西洋の模倣と卑下する必要はないと言いたかったのだ。今日私などが感じるのは、むしろ脚韻の世界性、普遍性といった観点だが。押韻論を発展させた梅本健三の『詩法の復権』13 によると「時間の軸からいっても空間の軸からいっても、人間の言語である限り、どの言語もいつかは脚韻法と接し得るといえそうなほど行き渡っている。」ということになる。すると、ひとり日本語のみが脚韻は似合わないと言い張る人が多いのもどうなのか。しかし、梅本健三は同書で面白いことも書いている。近代日本の作家はよくフランスを理想としたが、フランスのP・ギローは自国語では東西南北の隣国と比べて詩の音的効果があげにくいと強調している。その隣国のドイツではT・アドルノが自国の抒情詩の「ドイツ語そのものが不成功に終わっている」と批評した、と。感性の鋭い人に、とかく国語の弱点を嘆く傾向があるのは確かだろうが。
 とはいえ現実には、岩野泡鳴にせよ九鬼周造にせよ、脚韻を宣伝した著作は多くの実作者たちの冷笑を浴びて来たようだ。意義を認めるにしても「採り上げられた問題は未だ解決されていない」という程度の捉えられ方である。例えば岡井隆は、九鬼を論じ「三十年後の今日よみかえしても印象まことにさわやかなものがある。」と感じる一方で、「これほど精緻で、しかも、これほどまでに不毛だった理論は、ちょっと類を見ない。」14 などと書いてしまうのである。
 日本語脚韻の不可能性を否定して見せた九鬼周造自身が、『日本詩の押韻』の巻末で実作した脚韻詩を多数披露しているのだが(ずっとのちには梅本健三も)、史上、そのマニフェストの影響を受けた実験として最も知られているのは、戦後間もなく刊行された『マチネ・ポエティク詩集』15 に違いない。
 これは一般に失敗作だったと見られているようだ。
 収録の詩篇が製作されたのは戦中で、統制下、同人雑誌も出せなくなったなかで、「各自の作品を持ち寄って、読み合う会を作った。」16 それが「マチネ・ポエティク」という同人集団だった。この点を評して安藤元雄は「朗読するということになってはじめて、押韻が強く意識されるわけです。脚韻が、たとえば二行おきに戻ってきて同じ音がそろう、そのときの一種の快感。それからあるいは、思いがけない単語と単語が響きあうという驚き。」17 が味わえたろうと論じている。 しかし、出来上がった作品群は14行のソネット形式に脚韻、という徹底した、ある意味ナイーヴ過ぎる古典的定型詩で、運動を主導した中村真一郎が序文で、新たな定型の確立は、近江朝廷時代の短歌形式の成立、連歌からの俳句形式の成立、明治の新体詩運動に続く「第四回の革命」だなどとブチ上げたのも、痛罵を浴びた理由だろう。
 しかし現在では評価する向きもないではない。福永武彦による作品などはその詩業の代表作と考えられていると思う。そのひとつ「冬の王」の第1聯はABBAの型式で、
    星ひびく夜の流れを過ぎて
    幾冬を 天の俘囚に別れ
    地に 痛みにつもる雪はなだれ
    空にいつ あかつきの金(きん)の射手(いて)
 中村真一郎「真昼の乙女たち」の1聯はABABで脚韻、AABBで頭韻までも踏む。
    遠い心の洞のなか
    扉のひらく時を待ち
    乱れて眠る赤はだか
    緑の髪の娘たち
 私が思うに「マチネ・ポエティク」の運動は生真面目過ぎたのだ。笑いとまではいかなくとも、ユーモアが前面に出ていれば印象はまるで違っていたし、脚韻も生きただろう。事実、ここでは採り上げないが加藤周一の作については小唄のような面を評価する人もあるくらいだ。とはいえ、こうした気取った作品も私は嫌いではない。むしろ中二病的な視点からは、評価できる詩ではないか。
 ところで、この運動に引導を渡したのは三好達治の批評「マチネ・ポエテイクの試作に就て」18 だというのが議論の余地ない定説である。三好はこの詩集の掲載作を「例外なく、甚だ、つまらない」と断言した(自身も別種の定型詩を志向し研究していた三好としては同族嫌悪的に許せなかったのかも知れない)。それだけでなく、次のような日本語による脚韻詩の根本的な問題を提示している。
    単語の一語一語に就て見ても、母音が常に小刻みに、語の到るところに、まんべんなく散在していて、常に均等の一子音一母音の組合せで、フィルムの一コマ一コマのように正しく寸法がきまって、それが無限に単調に連続する、――こういう語の声韻上の性質を、言語学の方ではどう呼ぶか、とにかくその点、徹底的に平板に出来ている。〔中略〕「波に」と「日に」「胸を」と「船を」という程度の音量の脚韻を、一行おきの間隔に駆使してみたところで、後者が顔を出す時分には、前者の印象は、既に読者の耳から飛び散ってしまった後で、呼応の快感というようなものは皆無だ。
    命題の末尾(原則として脚韻の位置)を占める動詞の数は、中国語や欧羅波(ヨーロッパ)語の場合当然その位置を占めるべき名詞の数に比して、比較にもならぬ位その語彙は少数だ。しかもその上いけないことに、その少数の動詞中、極めて少数の数個のものは、排他的に、圧倒的の頻度をもって必ず常に顔を出す。
 ……と、その単調さを理由に日本詩の脚韻の可能性を完全否定する。
 補足的な意味で紹介するが、比較的近年の講演19 で菅野昭正は次のように発言している。
    〈マチネ〉の詩は助詞で押韻したりするんですね。「〜に」とか「〜と」です。これは押韻としてほとんど効果がないのではないかと私は思いました。フランスを含めヨーロッパ諸国の詩では、前置詞で押韻するなどということはありえないわけですよね。
 厳密には海外でも前置詞で韻を踏む例はあるが、日本語の「〜に」とか「〜と」が行末に来る脚韻が安易に見えることは私も否定しない。続けて菅野は、こうも言う。
    私としても、日本語で韻を踏むということが、ほとんど絶望的に困難な試みだという気がしないでもありません。一つには、母音の数が少なすぎるんです。五つしか母音がない。フランス語では十六ありますね。その上に半母音も加わるという、複雑な言語体系を持っている。したがって、フランス語の詩においては非常に韻を踏みやすい。母音の少ない日本語では、これが単純化されてしまうんですね。
 別宮貞徳の『アリス』解説本20 では日本語の脚韻が広まってない理由を一般向けに分かりやすく具体的に述べている。
    日本語は同じ形で終わる言葉が多すぎるのです。動詞でいえば、現在形なら、「見る」「知る」「切る」「散る」、過去形なら、「待った」「勝った」「とがった」「まちがった」。形容詞は「美しい」「バカバカしい」「くやしい」「苦しい」。それが過去になれば「暗かった」「明るかった」「つまらなかった」。名詞でも「山」「浜」「鎌」「釜」「頭」「弾丸(たま)」「玉」「こだま」、といった調子で、いつも同じような形で終わっているので、韻のつもりで同じ音を重ねても、ふだんとちっとも変わらないことになってしまいます。ふだんとちがう効果、おもしろさが出るからこそ韻を使うのに、その効果がまるっきりないのでは、韻を使う意味がありません。
 もっともな意見だが、これを逆転して考えてみたら、どうだろうか。難しい理想を持たなければ日本語で韻を踏むくらい簡単なことはない、ということになるんじゃないか。母音の数が少ないことも、巧妙な韻など目指さなければ、単純に韻を踏めることを示している。実際、ものの分かっている実作者は、イージー過ぎる、という理由で日本語の押韻を拒否しているほどだ。もちろん、安易過ぎる脚韻ばかりではバカにされかねないが、動詞、形容詞、名詞などを組み合わせれば面白い韻も踏めるだろう。行末は動詞でなくとも、倒置もあれば体言止めもある(倒置には三好達治も言及はしていたし、体言止めについては九鬼周造が詳しく論じていた)。われわれ素人は、もっと気楽に、手軽に脚韻を試してみてもいいのじゃないか。
 「マチネ・ポエティク」の活動に同情的だった大岡信は、よく出来た脚韻詩の例として自身の「友人」稲葉三千男によるヴェルレーヌの訳「マンドリン」を挙げている21 。水声社版の『マチネ・ポエティク詩集』に載っているので第1聯を孫引きしよう。
    伊達男のセレナアド
    ききいるあの娘(こ)はあどけない
    あだごと 互いにかはすなど
    さざめく木蔭のしのびあひ
 「セレナアド」と「など」を掛けるところなど、ニクい。ユーモラスな雰囲気もある。
 その後、主に平成初期に、飯島耕一が脚韻を用いた「定型詩」を提唱したのも今は歴史の一頁だ。実作例として「ジャック・ラカン」22 という詩の第1聯を見ると、
    ジャック・ラカン
    こりゃもう あかん
    方広寺の 羅漢(らかん)
    闇には 如何(いかん)?
 飯島の自由律の詩より定型詩が優れているとは思えないのだが、この詩からも脚韻の諧謔性を充分意識していたことは分かる。飯島の著書『定型論争』23 は本稿を書く上でも、かなり参考にさせていただいた。弛緩した現代詩には「定型」が必要だと考えた飯島の切迫感は正直、詩人でない私にはよく分からないけれども、一方で短歌・俳句の「定型詩人」には逆に七五調を疑うべきだと主張した点は、少し共感する。
 模索するなかから新たな「定型」が生まれれば、という飯島耕一の希望は幻想だったかも知れないが、近年ある意味では歌謡曲が現代詩に成り代わって脚韻などを志向するようになったとは言えまいか。かつては気位の高い現代詩人は歌謡曲と同列に扱われるのを嫌がったものだが。ラップも日本に輸入されてから40年以上になる。余計なお世話だろうが、もっとアカデミックな評価も欲しいところだ。ヒップホップミュージックの流行以後はJ-POPでも韻を踏むのは珍しくなくなった。あからさまな韻でなくても、例えばYOASOBIの「夜に駆ける」(2019.11.)の冒頭部は、
    沈むように溶けてゆくように
    二人だけの空が広がる夜に

    「さよなら」だけだった
    その一言で全てが分かった
    日が沈み出した空と君の姿
    フェンス越しに重なっていた
 脚韻にだけ注目すると簡明過ぎて、却ってそれとは気づかれにくい。基本は単音の韻だが、これ以上に二重韻を増やすとユーモラスになってシリアスさが欠けてしまうかも知れない。さりげなく、音響的効果もある。同じ語尾の繰り返しなど評価しないという人もいるだろうが、現に歌を聴いてみても意外に脚韻的効果はあるものなのである。
 実験だ、不毛だ、などと力まなくとも、押韻の愉しめる時代になっている気がする。

    『ふしぎの国のアリス』脚韻の訳例
 私も『アリス』の翻訳に脚韻が絶対に必要だ、と強弁するつもりはない。
 飯島耕一も「わたしはすべての詩人が「押韻定型詩」を書くべきだ、などと主張しているのではない。口語自由詩、散文詩にまじって、「押韻定型詩」があってもよく、「新しい型の定型」への模索があればなおさらいい。そう提言しているだけなのだ。」24 と書いているし、マチネ・ポエティク時代を回想した福永武彦も、定型詩は「自由詩との間に格別の区別はなく、主題に従って別個の詩型が要求されるのは当然のことだと思っていた。」25 と、述べている。
 私にしたところで『ふしぎの国』の翻訳で脚韻詩以外も試みており、そちらにも愛着はあるのだ。そのひとつが3章の「狂犬フューリー」の詩で、ネズミのしっぽの形をした「図形詩」として知られるものだが、もちろん原詩は脚韻を踏んでいる。
    “Fury said to a mouse,
    That he met in the house,
    ‘Let us both go to law:I will prosecute you. ―

    Come, I'll take no denial:
    We must have the trial;
    For really this morning I've nothing to do.’

    Said the mouse to the cur.
    ‘Such a trial, dear Sir,
    With no jury or judge, would be wasting our breath.’

    ‘I'll be judge, I'll be jury,’
    said cunning old Fury:
    ‘I'll try the whole cause, and condemn you to death’.”
 こうした形式で記述すると、各聯が尾の長いネズミの形をしている、とニューヨークの2人の高校生が「発見」したのは1989年のことで、この説はマーティン・ガードナーの『決定版 注釈アリス』26 にも採用され、キャロリアンの間では広く認知された。本当はふつうに1聯4行の詩で、各聯の1・2行、および1・2聯、3・4聯の最終行で韻を踏んだだけかも知れないし、キャロルの意図だったとしても二義的な遊びに過ぎないだろうが、いかにもティーンエイジャーらしい目の付け所ではあった。さすがに翻訳に生かすのは困難と思っていたら、河合祥一郎訳で、この言語遊戯を押さえて韻を踏んだのには驚かされた。
    イヌのフューリー、ネズミにいわく、
    教えてやろう、おれの思惑、
    「いっしょに法廷に来い、おれはきさまを起訴するからな。

    さあさあ行こう」と誘惑。
    裁判すれば血が沸く。
    「なにしろ今朝はなんにもすることがなくてひまだからな。」
 後半は〈角川文庫〉版の「訳者あとがき」に載っていることもあり略すが、できればもう少し流暢な詩にして欲しかった。対して大西小生訳は、俗語混じりの七五を基調にして少し破調もあるが、リーダビリティの良さに関しては既訳の中でも上位に入ると思う。
      狂犬フューリー、
         その家で、ネズミ
           に出くわし
            言ったんだ。
            「いっしょに
             出るとこ出よ
              うかい。おれ
               がきさま
               うったえる。
               さあこい、
                いやとは言
               わせない。
              どうでも
             裁きをう
            けさせる。
            なにしろ
           けさはひま
          だから、たい
         くつしのぎ
         というわけ
         さ」そこで
          ネズミは
           ドラ犬に、
           「だんなさん、
            そりゃむだ
             ってもの。
              判事も
               いない
              弁護士
             もなし、
            そんな
           裁判やっ
          たって」
         「判事は
         おれさ、
        弁護士も」
        そこは
          フューリー
             ぬけめ
              がない。
              「なんでも
                ぜんぶ
                ひきう
                けて、
               つみを
             かぶせて
            きさ
          まは
        死刑」
 キャロル自身が生前、最後に手を加えた1897年の原典第9版と行数を合わせることで(49行)、リアルなネズミの尾の形を再現することに腐心した。
 no jury or judgeは当初「判事もいない、陪審も なし」と原文どおりに訳していたが、「裁判員法案」の閣議決定(2004.3.)を受け、11・12章のjuryを「裁判員」と改訳することにしたため、語呂の関係で、裁判員とすべきところを「弁護士」に置き換えた。つまり拙訳では正確さより読みやすさを重視している面がある。先例としては芹生一訳27 が弁護士を使っているが、これは年少読者に意味を取りやすくしたのだろう(『スナーク狩り』でスナークが判事と陪審、弁護士を兼ねてることを意識したりはしてなかろう)。
 肝心の脚韻の翻訳では5章、青虫の前でアリスが暗唱する「父なるウィリアム」が、原詩のノンセンスぶりも好きだし、拙訳の中でも特に気に入っている。長くなるので詩の中ほどを引用しよう。
    “You are old,”said the youth,“as I mentioned before,
      And have grown most uncommonly fat;
    Yet you turned a back-somersault in at the door―
      Pray,what is the reason of that?”

    “In my youth,”said the sage,as he shook his grey locks,
     “I kept all my limbs very supple
    By the use of this ointment―one shilling the box―
      Allow me to sell you a couple?”

    “You are old,”said the youth,“and your jaws are too weak
      For anything tougher than suet;
    Yet you finished the goose,with the bones and the beak―
      Pray,how did you manage to do it?”

    “In my youth,”said his father,“I took to the law,
      And argued each case with my wife;
    And the muscular strength,which it gave to my jaw,
      Has lasted the rest of my life.”
 例えばweakとbeak、lawとjawが響き合うことで構成される、思いがけない展開が笑いを生む。ここから「手術台の上のミシンとこうもり傘の出会い」までは、あとひと息だ。ルイス・キャロルがシュルレアリストの先駆と呼ばれる理由も分かるというものだが、むしろキャロル自身の手法としては、脚韻を成立させるべく言葉をはめ込んでいく、ワード・パズルを愉しんでいたことが想像でき、ゲーム感覚の芸術の先駆とも言えよう。
 脚韻にこだわることで繰り出される意外な言葉の組み合わせは、原作者にとっても、翻訳者にとっても、読者にとっても、それぞれに面白いはずである。拙訳を挙げる。
     「もう、いい年 だろ、 くどい けど。
         太りっぷりも、ふつう じゃない
      とんぼを 切って、戸を くぐるけど……
        なんで、そんな の、できるんだい」

      親父は ごましお頭を ふり、したり顔 して、
        「いつまでも、この 軟膏で、しなやかな
       身の こなし。1シリングで、おまけ して……
            ふた箱に しとくが、買わん かな」


     「その年だ。あごも 弱って、あぶら身 より
         かたい もの なぞ、かめねえ はずだよ。
       ガチョウを 骨ごと、くちばしも ぺろり……
          どうすりゃ、やって のけられんだよ」

     「若い ころ には、裁判ざた が 好き。
          かみさんと、たびたび 論戦の おり
        あご には、筋肉もりもり つき、
            いまに なっても、この とおり」
 拙訳でも変化のない文末表現は多用されるが、この詩では形容動詞「しなやかな」と疑問詞疑問文の「かな」、比較の格助詞「より」とオノマトペ的副詞「ぺろり」など、アクセントを付けることに成功してると思う。自作の解説は野暮だが、リズム的にも七五調を外れた自由律の詩として、読み良さを考えた。「1シリングで、おまけ して」の箇所は、原文は「1箱1シリングのものを2箱買わないか?」という意味だろうが、韻を踏むためと、そのほうが日本語としては愉快に感じられるという理由で、こう訳して置いた。最後に引用した聯でも、law はネズミの尾話でも「訴訟、法廷」的な意味で使われていたので「裁判ざた」と訳したが、それが女房相手のものかどうかはよく分からない。しかし、そう解したほうが面白いので、そう訳した。
 続いて、キャロルが脚韻そのものを題材として遊んだ10章の詩を見よう。
    “I passed by his garden,and marked,with one eye,
    How the Owl and the Panther were sharing a pie:
    The Panther took pie-crust,and gravy,and meat,
    While the Owl had the dish as its share of the treat.

    When the pie was all finished,the Owl,as a boon,
    Was kindly permitted to pocket the spoon:
    While the Panther received knife and fork with a growl,
    And concluded the banquet by――”
 発言されなかった最後の部分は、a growl 「うなり声」との脚韻から、ふつうに考えるとthe Owl 「フクロウ」である。それが宴会の最後の一品だったというデス・ジョークだが、かつてはこの仕掛けに気づかない訳者もあった。あげつらうようで悪いが福島正実訳28 では(編集者として怖い人だったらしいので存命なら指摘なんかできないが)、
    「パイがなくなりゃ、ついでのことに
       梟はスプーンをポケットに
     豹は文句とナイフとフォーク
       さて、ご馳走のそのあとは――」
 growlを「文句」を言っている(スプーンを取ったことに対して?)と見たのは、生野幸吉が「ヒョウは不平でうなったが、」と訳した29 のを参照して、自分流に発展させてしまったのではないか。実際はフクロウに襲いかかる前の威嚇の声だったわけだろうが。最後のメニュー自体が問題なので、「そのあと」に話題を転じるのは誤訳と言ってよかろう。 しかし、手練れの訳者すら気づかなかったくらいだから、あるいは英語圏でも注意深い子どもでないと読み飛ばすものかも知れない。このあたりのさりげなさが英国式、キャロルの本領と呼べるのではないか。以下の拙訳は、ややクドいかも知れない。
    とおり かかった、 やつの 庭に、片目だけ、こらして 見る、
    フクロウと ヒョウと、パイの 分けあい、 いかに している?
     ヒョウが とったのは、パイ皮と、肉と、その 汁、
     フクロウは、もらえる 分け前が、皿だけと 知る。

    パイが すっかり なくなると、フクロウは、 おなさけに すがり、
    ありがたく ちょうだい した スプーンを、ポケットに しっかり
     ヒョウは ナイフと フォークを とり、ほえるだろう。
     そして、この ごちそうの しめくくり は、フク……
 韻を踏むために時制も変えている。だがこのシャレに関して、原詩の面白さを移植するうえで、脚韻以上の方法があるなら教えてもらいたい。むろん日本では韻を踏む必要もないわけだから締めの料理は、フクロオオカミかも、ふくら雀かも、福神漬かも知れないが。
 10章末の詩でもキャロルは大いに脚韻で「遊んで」いる。
    “Beautiful Soup! Who cares for fish,
    Game,or any other dish?
    Who would not give all else for two p
    ennyworth only of beautiful Soup?
    Pennyworth only of beautiful Soup?
      Beau―ootiful Soo―oop!
      Beau―ootiful Soo―oop!
    Soo―oop of the e―e―evening,
      Beautiful,beauti―FUL SOUP!”
 two pennyworth の two+p と Soup とで韻を踏むという、離れ技を見せているのだ。
 まさに「脚韻そのもののパロディ化」だと言いたくなる。拙訳は「〜も」や「〜に」の安易な反復に頼っていて、あまり巧く出来たとは思ってないが……
    おいしい スープ!  ほかには 何も、
        食べる気 しない、魚も 鳥も。
    手に入る なら、 さいふも はたく。2
      ペニーぶん の、おいしい スープに。
    1ペニーぶん の、おいしい スープに。
      おーいしー、すうーうぷ!
      おーいしー、すうーうぷ!
    すーうぷで、ゆー、ゆー、ゆうごはん、
      おいしい、おいしーい スープ!
 最初に私が試訳を見せたひとりは「2」を誤植と指摘してくれたりもしたので脚韻として分かりやすいよう、もうひと工夫の必要があるとは思っている。といっても新たなアリス訳を手掛けるつもりもないので、今後挑戦する人には頭をひねって名訳を生んで欲しいと願うばかりだ。むろん脚韻なんて関係なく自由に訳していただいていいのだが、脚韻の可能性を否定はしないで欲しい。しかし、最近も小松原宏子訳30 が大胆に10章の詩を唱歌「兎と亀」や『平家物語』のパロディにしたかと思えば脚韻詩も試みていたし、河合祥一郎はE・A・ポーの新訳31 においても脚韻詩でアクロスティックをこなして健在だった。
 私などが、ことさらに主張するまでもないのかも知れません。 (2023.8.15.)

    2 河合祥一郎訳『不思議の国のアリス』角川書店〈角川文庫〉(2010.2.)。ほぼ同時進行の低年齢層向け『新訳 ふしぎの国のアリス』アスキー・メディアワークス〈角川つばさ文庫〉(2010.3.)では本文をごく一部改訳。抄訳に『100年後も読まれる名作 ふしぎの国のアリス』KADOKAWA(2016.7.)。各書に『鏡の国(かがみの国)』版もあり、いずれも全ての詩で脚韻を踏んでいる。
    3 高山宏訳『不思議の国のアリス』亜紀書房(2015.4.)、脚韻を宣言したのは『鏡の国のアリス』亜紀書房(2017.12.)、いずれも佐々木マキ画。マーティン・ガードナー注、マーク・バスタイン補訂『詳注アリス 完全決定版』亜紀書房(2019.12.)でも韻を踏むが、ほぼ行末の母音1音を揃えるもので、私が基本と考える二重韻(後述)とは異なる。
    4 安井泉『対訳・注解 不思議の国のアリス』研究社(2017.8.)。
    5 脇明子訳『愛蔵版 鏡の国のアリス』岩波書店(1998.11.)、普及版『鏡の国のアリス』〈岩波少年文庫〉(2000.11.)。ハンプティ・ダンプティの詠う詩なども五七調。
    6 柳瀬尚紀訳、エドワード・リア作『ナンセンスの絵本』ほるぷ出版〈ほるぷクラシック絵本〉(1985.12. 原著Edward Lear“A Book of Nonsense”1875.)、その文庫版が筑摩書房〈ちくま文庫〉(1988.12.)。増補したものが『完訳 ナンセンスの絵本』岩波書店〈岩波文庫〉(2003.5.)で、続いて引用する詩の表記は岩波版による。なお拙サイト巻頭詩の注は2002年の開設当初から載せていたもので文章はいじってないが、『ナンセンスの絵本』の岩波版が出た際に年号のみ付加した。
    7 谷川俊太郎『ことばあそびうた』福音館書店(1973.10.)、「たね」は続編『ことばあそびうた また』同書店(1981.5.)から。瀬川康男 画。
    8 小海永二 編『日本の名詩 鑑賞のためのアンソロジー』大和書房〈大和選書〉(1966.6.)
    9 岩野泡鳴『新体詩の作法』修文館(1907.12.)、『泡鳴全集 第十四巻』国民図書(1922.6.)に収録の際はタイトルを「新体詩作法」とする。引用は誤記を正した全集版による。
    10 岩野泡鳴『露じも』東京堂(1901.8.)。『泡鳴全集 第十四巻』(同上)所収。
    11 高山訳、前掲『鏡の国のアリス』亜紀書房版「訳者あとがき」。
    12 九鬼周造『日本詩の押韻』岩波書店〈岩波講座 日本文学〉(1931.10.)、『九鬼周造全集 第五巻』岩波書店(1981.4.)に収録。本稿の引用は『文芸論』同書店(1941.9.)所収の改訂稿による。後者は『九鬼周造全集 第四巻』(1981.3.)収録。
    13 梅本健三『詩法の復権 現代日本語韻律の可能性』西田書店(1989.8.)
    14 岡井隆・金子兜太『短詩型文学論』紀伊國屋書店〈紀伊國屋新書〉(1963.7.)、復刻版(2007.6.)
    15 『マチネ・ポエティク詩集』真善美社(1948.7.)。参照文献は再刊『マチネ・ポエティク詩集』水声社(2014.5.)。
    16 中村真一郎『戦後文学の回想』筑摩書房〈筑摩叢書〉(1963.5.)
    17 中村真一郎の会 編『中村真一郎手帖 10』水声社(2015.4.)所収、安藤元雄「『マチネ・ポエティク詩集』とその時代」(講演録)。
    18 初出《世界文学》世界文学社(1948.4.)、参照文献は『現代日本文学大系 82 加藤周一・中村真一郎・福永武彦集』筑摩書房(1971.6.)所収のもの。
    19 前掲『中村真一郎手帖 10』所収、菅野昭正「〈マチネ・ポエティク〉における押韻」。
    20 別宮貞徳『「不思議の国のアリス」を英語で読む』PHP研究所(1985.5.)、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉(2004.8.)
    21 大岡信「押韻定型詩をめぐって」末尾、初出《現代詩手帖》思潮社(1972.1.)。大岡『明治・大正・昭和の詩人たち』新潮社(1975.7.)、『中村真一郎詩集』思潮社〈現代詩文庫〉(1989.11.)などにも再録。
    22 初出《現代詩手帖》(1992.1.)、飯島耕一『さえずりきこう』角川書店(1994.12.)所収。
    23 飯島耕一『定型論争』風媒社(1991.12.)
    24 飯島「定型詩論議、この一年」、《現代詩手帖》(1990.12.)。前掲『定型論争』所収。
    25 『福永武彦詩集』麦書房(1966.4.)あとがき「詩集に添へて」。
    26 Martin Gardner“The Annotated Alice THE DEFINITIVE EDITION” W.W.Norton&Company Inc.(2000.)ペイパーバック版が〈PENGUIN BOOKS〉(2001.)。“150TH ANNIVERSARY DELUXE EDITION” W.W.Norton&Company Inc.(2015.)の翻訳が高山宏訳、前掲『詳注アリス 完全決定版』(2019.)。
    27 芹生一訳『ふしぎの国のアリス』偕成社〈偕成社文庫〉(1980.1. 正確な刊行日は1979.12.18.)。
    28 福島正実訳『不思議の国のアリス』角川書店〈角川文庫〉(1975.8.)。
    29 生野幸吉訳『ふしぎの国のアリス』福音館書店〈福音館古典童話シリーズ〉(1971.7.)。
    30 小松原宏子訳『不思議の国のアリス&鏡の国のアリス〈ミナリマ・デザイン版〉』静山社(2022.8.)。
    31 河合祥一郎訳、エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選3 ブラックユーモア編 Xだらけの社説』KADOKAWA〈角川文庫〉(2023.3.)。

    単行本書名は『 』(英語の著作は“ ”)、雑誌名は《 》で示し、( )内に発行年月を付した。叢書名は〈 〉で括る。記事・作品名(単行本書名を除く)のほか引用一般および強調には「」を用い、ルビは( )内に記した。〔 〕内は大西による注。

 
    〔以下、大西小生の Facebook 2023年 8月15日の記事〕
    6月末に提出したキャロル協会機関誌への原稿「脚韻邦訳の愉しみ」というエッセイだが、先週、査読が済んで戻って来た。
    例年は簡単な書き込みがされてるだけなのだけど、今年は別紙で講評まで付いている。
    今まで内容がマニアック過ぎたりして、あまり突っ込みようがなかったのが、「脚韻」というテーマだと碩学の先生には持論もあり多くを語れるらしい。まぁいつもどおり、どなたが査読してくれたのかは原稿執筆者には明かされないのだが。
    拙訳のアリスの脚韻例については評者の方は かなり褒めてくださっており、私としてはウン十年前の訳に手も加えず載せているだけとはいえ、嬉しかった。
    しかし、“ 本論では「日本語脚韻の系譜」として『新体詩抄』、泡鳴『新体詩作法』、九鬼『日本詩の押韻』、中村真一郎等『マチネ・ポエティク詩集』などが紹介されている。ここは従来から脚韻が論じられるとき、参照される文献ばかりで新味・工夫がない。” と評されているが、よく使われる文献だけに読ませ方の工夫は けっこうしたつもりだ。そのあたりは全体の頁数の関係からも(自己負担金なしで載せられる上限の20頁に達している)、あまり書き直す余地はないと思ってるので、11月(10月末?)に本稿が発表されたら皆さんで判断なさってください。
    ただ、過去に「脚韻は日本語の伝統に反している」などと言われた経験から、本邦にも脚韻の系譜が延々とあることを基礎から説明する必要があると感じたのだが、初心者向けというか、私自身が岩野泡鳴とか九鬼周造の押韻論を今回、初めて本格的に読んだわけで、碩学の先生からすれば物足りなく感じるのは致し方ない。
    講評に “ 泡鳴や九鬼を例と出すならば、泡鳴がシモンズ『表象派の文学運動』翻訳で実践している押韻例を検討すべきであろう。また同じく九鬼の『巴里情景』における押韻効果を論じなくては説得力をもたないであろう。” と、こういう文献を参照せよと示してくれたのは有り難かったが、さっそく取り寄せてみると、どうも おかしい。
    『表象派の文学運動』(新潮社、1913.)は臨川書店版『岩野泡鳴全集 第十四巻』(1996.)に入ってるのだが、「珍妙な造語と支離滅裂な文章法」の個性的翻訳であるものの、訳詩で押韻なんかは踏んでないのである。
    九鬼周造の「巴里心景」(情景、ではない。初出《明星》1926.1. 単行本は没後出版で甲鳥書林、1942. 岩波書店版全集の第一巻(1981.)に収録)にしても単行本本文に脚韻詩はなく、巻末の「手沢本」による改定稿で「風」と「思出」という詩にのみ韻を踏んでいる。拙稿では “ 九鬼周造自身が、『日本詩の押韻』の巻末で実作した脚韻詩を多数披露しているのだが〔中略〕、史上、そのマニフェストの影響を受けた実験として最も知られているのは、戦後間もなく刊行された『マチネ・ポエティク詩集』に違いない。” として、九鬼自身の詩は載せてないのだが、「風」の脚韻詩は『日本詩の押韻』巻末にも入っているし、あえて「巴里心景」について論じる必要があるとは思えない。
    まぁ九鬼自身の作例も載せたほうがよかったろうとは思うが、前述の頁数の制約で難しい。なお、査読者は九鬼の実作については “ 平凡 ” と見て評価してないのだが、私は『巴里心景』は若書きでヘタだが『日本詩の押韻』の脚韻詩には わりと巧いものもあると感じている。
    そんなわけで拙稿の修正は あまりしなくて済みそうだが、岩野泡鳴については “ 私を含め多くの人にとって泡鳴は名を知るばかりでまるで読まない作家だろうが、評論『神秘的半獣主義』のタイトルとか、乱脈な女性関係からだけでは知りえない作家像を垣間見た気がした。” と書いていた部分を抹消して(考えてみると臨川書店版全集は かなりの識者が目を通しているだろうし)、『表象派の文学運動』という訳書もあることだけは決定稿に書き加えることにした。
    また、講評では “ 音韻のうえから脚韻を論じていないうらみが残る。土居光知〔こうち〕、兼常清佐〔かねつね・きよすけ〕などの音韻研究にふれていないのは問題であろう。とくに後者の遺著『イギリスの詩・日本の詩―日本の言葉・イギリスの言葉』(北星堂書店、昭和28年)には有益な指摘がある。” と、英語研究者らしい論点を提示してくださっていて、考えるべき問題ではあるのだが、無論私がよく知らないということもあるが、『イギリスの詩・日本の詩』は国会デジタルコレクションの個人配信で読んでみたものの、詩の分析には使えても私の主張する気軽な脚韻詩の実践には結びつかない気がした。
    拙稿でも触れている飯島耕一の定型詩論に対して、松浦寿輝(ひさき)が違和感を表明しているのだが(こちらは拙論では触れてないが)、その中で松浦は定型って五・七・五と押韻だけでしょう、みたいなことを言っている。これは飯島に対する反駁としては的外れなんだけれども、実践する詩人として効果を気に掛けられるのは確かに七五調と頭韻・脚韻くらいだよなあ、と、その点は共感する。音韻とかは自然について来るというか。もっとも、私は脚韻とかは好きだがそもそも「定型」というのには、あまり興味がなかったりする。
    そのほか査読では、文献には頁数を入れるように諭されたのだけれど、脚注で明記したが拙稿では原文献でなく翻刻版に当たった資料が多いから、頁数を入れるのには抵抗がある(原資料の頁数が全部分かれば書くかも、だが)。逆に出版社名は取るようにも言われたが、それがないと検索しにくい文献もあるし、翻刻資料を挙げてる関係から言っても出版社は必須と思う。
    そんなわけで今年も あまり査読された方の意見には従ってないのだけれど、諒とされたい。


    川原繁人 feat. Mummy-D・晋平太・TKda黒ぶち・しあ『言語学的ラップの世界』東京書籍、2023.11.
    いつも採り上げる本とは毛色が違うけれども 面白い。川原繁人というユニークな言語学者がいるというのは、どこでだか知っていたが著作を読むのは初めて。論文調は少なくて軽いノリの本だが、内容は濃い。
    小生は秋に発表した「脚韻邦訳の愉しみ」というエッセイで、よせばいいのに「ラップも日本に輸入されてから40年以上になる。余計なお世話だろうが、もっとアカデミックな評価も欲しいところだ。」なんて書いていたが、ラップを深く研究してる先生も当然いるよなあ、と反省してたところにこの本が出た。
    拙論では九鬼周造なんかの古典的脚韻論を引き継いで、末尾の「母音+子音+母音」以上で韻を踏むのを理想と考えているんだが、日本語ラップの世界では母音が 2個以上合えば韻を踏んだことになる。川原説も子音は何でもいいんじゃなくて例えば鼻音同士とか音声学的に似た子音が韻を構成しがちとするが。
    小生なんかは川原繁人からすれば頭の固い単純な奴にしか見えんだろうな。具体的なラップで「ケッとばせ[kettobase]」と「Get Money[gettomane]」が韻を踏むなんてのは活字派には思い付かないんだが、実際そういう楽曲(Mummy-D「MASTERMIND」)を聴けば、韻を踏んでるとしか言いようがないわけだ。
    学生が見つけた例として万葉集の「多摩川に さらす手作り さらさらに なにぞこの児の ここだかなしき」は「多摩川に」「さらさらに」「だかなし(き)」の母音が[a…a…a…i]で共通してラップと同じ構造という指摘が深い。文末の「き」は字余りだが、ラップでも時に字余りが許されるというのが川原説。
    私自身はラップには別に思い入れないのだが、ヒップホップミュージックの流行以後はJ-POPでも韻を踏むのは珍しくないとして、拙論でYOASOBIの「夜に駆ける」を例に挙げたが、「アイドル」冒頭部も「無敵の笑顔で荒らすメディア/…ミステリアス/…彼女のエリア」で「ス」が字余りと思えば脚韻だ。
    この字余り説はこじつけじゃなく、実際の歌を聴いてみれば確かに韻を踏むような歌い方をしてると思う。YOASOBIが冒頭だけはかなり意識的に脚韻を用いてるのは「葬送のフリーレン」の「勇者」を聴いても明らかだよね。「まるで御伽の話/終わり迎えた証(あかし)」って。最後は本書と関わりない余談でした。





   Interesting Japanese Translation of the Foot Rhyme

       Shousei OHNISHI


 I translated "Alice in Wonderland" into Japanese in 2001, published it on the web in 2002, and published it as a private book in 2015 (officially in 2016).
 In this translation, I showed the rhymes of Lewis Carroll's poems in Japanese, which was a groundbreaking attempt at the time of publication, but it was also unexpectedly criticized. This is because the Japanese language has traditionally been regarded as not being able to produce the desired effect of foot rhyme due to the nature of the language.
 However, the Japanese language also has the property of making sentences humorous when rhymes are used, and I thought this rather suited Carroll's translation.
 A precedent was set by Naoki YANASE in his translation of Edward Lear's "A Book of Nonsense" (1985, 1988, 2003), which rhymed in Japanese in every verse.
 I felt that few of Alice's Japanese translations to be truly laugh-out-loud funny. Intellectuals tend to find alienation and grotesqueness in Alice's stories, and the unfunny sentences may be good for readers who expect such things, but the reason for Alice's overwhelming popularity in the first place is that it has a cuteness that surpasses the grotesque and is probably because it is a "literature of laughter" that embraces and forgives everything. I wished to reproduce the laughter of the original as faithfully as possible in Japanese.
 As will be discussed in the next section, attempts at Japanese foot rhyming are not unprecedented in Japanese history; on the contrary, they have continued intermittently.
 According to the philosopher Shuzou KUKI's "Rhyming in Japanese Poetry" (1931, 1941), the germination of foot rhyme can be seen from the time of the mythological history books, and at the latest in the 10th century (nominally the 8th century) poetry treatise, rhyme is already clearly an issue.
 In modern Japan since the Meiji era, imitation of Western foot rhyme was often attempted, but KUKI insisted that foot rhyme originated in ancient China or India, and that it was of Oriental origin. What I think is the worldliness and universality of the foot rhyme.
 From an authorial point of view, however, Japanese has few vowels and tends to end sentences with fixed verbs, simplifying the rhyme scheme and making it unsuitable for elaborate works of art. On the contrary, rhyming can be lively in humorous poems and popular songs, and if one does not think too hard, Japanese rhyming is rather easy.
 That said, I am also not suggesting that all Alice translators should use foot rhyme.
 I will give an example of my work in the last section, but I have translated the Mouse's long tale in the ancient Japanese rhyme scheme of 7-5, and I hope that each translator will explore and find a translation format that suits his or her own poetry.
 But what is the significance of translating the poem about the Owl and the Panther in chapter 10 into another language in any way other than utilizing foot rhyme?
 The "Owl" that was not uttered, and the two+p in the Song of Turtle Soup.
 The ancient rule of foot rhyme itself is parodied here. Carroll, who enjoys word puzzles, can be called a pioneer of the game-like artist.
 The unexpected combinations of words that are produced by the attention to foot rhyme should be interesting to the original author, the translator, and the reader.
 The translations of "Alice in Wonderland" that use Japanese foot rhyme include books translated by Shouichirou KAWAI (2010), Hiroshi TAKAYAMA (2015, 2019), and Hiroko KOMATSUBARA (2022), and others. They each also have translations of "Through the Looking-Glass".

Japanese translation with footnote rhyme
OHNISHI (illust.by Willy Pogány, 2016)  KAWAI (John Tenniel, 2010)
TAKAYAMA (maki SASAKI, 2015)              KOMATSUBARA (MINALIMA, 2022)
    〔2024年 1月 1日up。1月15日微修正〕

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