| Home|

― but I 'm a deal too flustered to tell you ― all I know is,something comes at me like a Jack-in-the-box,and up I goes like a sky-rocket!”
( ……わても、えらい、あわ食ってしもて、どう話したらええか。……はっきりしとんのは、なんやこう、びっくり箱 あけたみたいなんが来よった、と思た
ら、もうロケット花火みたいに空、とんでるんや!」)

goes Bill up I goes の goes は、正しい文法では go でなければならないが、この言い回し
は教育の無い階層に見られる、訛りのようなもの。


jack-in-the-box 「びっくり箱」 の jack に、特別の由来は無い。
英語では、一般的に 男の名を jack で代表させる ことが多いが、この場合、バネ
仕掛けで飛び出す人形を、仮に jack と呼んでいるわけだ。

似た用例で、糸を引くと手足を上下させる踊り人形を jumping Jack と呼び、
ハロウィンのお化けカボチャを jack-o'-lantern という。


sky-rocket は、一般の辞書によれば 「打ち上げ花火」。
いわゆる 「ロケット」=噴射推進装置も、日常用法的に skyrocket と呼ぶ事例は
あるようだ。
「びっくり箱」 との兼ね合いで見れば、キャロルが意図したのは家庭用の「おもちゃ
花火」(Toy fireworks)、つまり文字通りの 「ロケット花火」 である可能性も高い。
楠山正雄訳(1920,1930. …)、長澤才助訳(1928.) は 「流星花火」。
ちなみに 『赤毛のアン』第14章にも、「アンは打ち()上げ()()() のように飛び上がった」
(松本侑子訳) という表現がある。 ブローチを盗んだのではないかという嫌疑が晴
れ、アンがピクニックに行くことを許された場面の喜びの描写。
最初の完訳である丸山英観の訳では 「烽火(のろし)」。岩崎民平、多田幸蔵、生野幸吉らも、
ここを 「狼煙/のろし」 と訳しているが、 ロケットが戦場で そのように用いられたの
は産業革命以前。 中世的な使用法と言っていいだろう。
こういう原初的なロケットは中国が起源で、例えば 『和漢三才図会』 にも採り上げら
れているが、埼玉県秩父市の椋神社で行われる神事、龍勢祭 の映像から イメージ
が得られるだろう。 日本では軍事目的で用いられることは少なかったようだ。

英国初の打ち上げ花火は、1572年にエリザベス 1世が鑑賞したものと言われる。
1613(慶長18)年 8月にはジェイムズ 1世の国書をたずさえた使者が、徳川家康に
見せるため、唐人の職人に駿府城で花火を打ち上げさせた。  これは 『武徳編年集
成』『駿府政治録』『宮中秘策』 に載る史実で、日本の風物詩である花火もヨーロッ
パを経由したものかと思われる。


「ロケット」 という訳語については、細かく調べてないが 飯島淳秀 あたりが早いようだ。柳瀬尚紀、北村太郎、山形浩生ら、この訳例も少なくない。
石川澄子訳 は そのまま 「スカイロケット」、矢川澄子訳 「空中ロケット」 で、「のろし」 「花火」 という先行訳への異議申し立てとも見える。
19世紀、ロケット工学は今日的なものへと発展しつつあった。
アルフレッド・W・クロスビー(小沢千重子訳)『飛び道具の人類史 ―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで』(紀伊國屋書店、2006.) によれば、18世紀
末、英国の東インド会社とインドのマイソール王国の間で起きた戦争で、インド側の用いたロケット兵器が、ヨーロッパ人の興味を引き、 19世紀初頭に
はウィリアム・コングリーヴ〔William Congreve〕 によって改良されたロケット弾が英軍に採用された。
1814年 8月には、英軍がロケット攻撃で、米国の連邦議会議事堂を焼き払った。 『不思議の国』 と同時期の作品、ジュール・ヴェルヌの 『月世界旅行』 において、月まではロケットでなく、大砲の砲弾に乗って行くという、今から見れ
ば珍妙な設定も、当時はロケットより火砲の性能(特に命中精度) が優れていたことから来たと考えていいだろう。 例えば、ガーナのアシャンティ王国の人々が、英軍のロケット攻撃を受けた。
ウィリアム・ヘールという人物も、ロケットを研究して命中精度を高めたが、幸い、この技術は善用されることになった。 拙訳でも、ここは当初 「ロケットみたいに」 飛んだと訳していたのだが、しかしキャロルにとって軍事はもちろんのこと、英国の帝国主義も、全く視野の
外と考えられるので、安全な 「ロケット花火」 に改訳した。
キャロルは、子どもの興味を引きつけるアイテムとして sky-rocket を持ち出したに過ぎないだろう。
花火にせよ、ロケットにせよ、垂直に打ち上げられて、噴射煙を残す。 テニエルのイラストでは、トカゲのビルも、そんなふうに蹴り上げられている。