平成期日本のアニメにおけるアリス・モチーフ作品





    〔以下は日本ルイス・キャロル協会機関誌《MISCHMASCH(ミッシュマッシュ)》21号(令和 1(2019)年11月 1日発行)初出の大西小生「平成期日本のアニメにおけるアリス・モチーフ作品(Representations of Alice in Japanese anime from 1989 to 2019(the Heisei period)」を、 最低限の修正のみ加えて再掲するものです。修正点は「篇」を「編」に統一したことと、ウ点の表記を増やしたことで、ほかの加筆部分は〔 〕で括って明記しています。〕

1、ハローキティと『不思議の国』のコラボレーション

 日本アニメ史上、アリスの映像化と言えば、まず2つの作品が思い浮かぶ。「まんが世界昔ばなし」114話「不思議の国のアリス」(1977.12.)と日本アニメーション(会社名)制作の「ふしぎの国のアリス」(1983.10.-1984.3.)である。昭和期の作品なので今回は俎上に載せないが、いずれもルイス・キャロルの原典を咀嚼して大胆なアレンジが加えられており、特に後者は全26話(海外版は52話)に及ぶTVシリーズなので、オリジナル色が強い。それに比べれば平成初期に生まれた「ハローキティの不思議の国のアリス」(1993.11.)は、アリスがキティの姿であるという色物なのにも拘わらず、原典にほぼ忠実なストーリー展開だった。とはいえ30分の短編なので、公爵夫人と豚になる赤ん坊は登場せず、Mock Turtleは単に「海ガメ」でグリフォンも出て来ないなど一部省略はほどこされているが、ほかのキャラクターは犬や鳩まで描かれ、概ね原作に沿った物語である。台詞は単純化され、pun(地口)も一切ないが、児童向けの作品にしては原典そのままの言い回しも多用されている。涙の池を作るのが大きくなったアリスではなく、小さくなったアリスである点や、クロッケーが「クリケット」と呼ばれていること(フラミンゴはmalletでなく「ラケット」である)、帽子屋が卑怯な嘘つきである等、リライト作品にはしばしば見られるような奇妙さもある。アリス(すなわちキティ)の声を林原めぐみ、「毛虫」を茶風林、「ジャック」を藤原啓治というように実力派の声優が出演している。アリスは青いドレスに白エプロン、頭のリボンは赤、短足なので靴下は履いてない。
 同じくサンリオ制作のDVDには「チャーミーキティVol.3『不思議の国のチャーミー』」(2006.11.)もある。キティのペットで人語を喋れないチャーミーが主人公(擬人化された猫が猫をペットにしているわけだ。なお、キティは登場しない)。これも原作の枠組みを用いてはいるが、白兎がハムスターのシュガー、帽子屋も猫でティーパーティーはミュージカルになり、女王はブルドッグでチャーミーとモデルウォークや歌で対決する等、かなりの改変がなされている。この作品にもpunは見られない。チャーミーは裸体。
 冗談にあらゆるコンテンツとコラボするとも称されるサンリオだが、とりわけアリスとは相性がいいらしく、ピューロランドでの着ぐるみミュージカル「不思議の国のハローキティ」(DVD 2013.8. 改訂版2016.10.)や、全国の百貨店などを巡回した科学的アート体験プログラム「ハローキティのワンダーランド」(2013.- )といったものもある。後者のシンボルキャラクター「アリスキティ」は兎耳に青い服、トランプ柄のエプロン(ポケットからチャーミーが顔を出す)に縞の靴下という姿である。
 「ハローキティの不思議の国のアリス」は昭和末から平成初期にかけてのOVA(オリジナル・ヴィデオ・アニメ)のムーヴメントと幼年向け知育教材の伝統が合体したものと言えよう。平成期において『不思議の国』のストーリーは何度か幼年向けにアニメ化されているが、制作年が不明だったりして全体像がつかめず、クオリティも高くないので、以下の本稿では比較的メジャーなTVシリーズ、劇場版を中心とし、OVAは付加的にのみ取り扱うことにしたい。例えば、the ダイソー(大創産業)では、一時期300円のDVD〈語学を学ぶ世界童話シリーズ〉22「ふしぎの国のアリス」(2004.)も販売していた。日本語・英語以外に中国語・韓国語のリライトも聞ける点が貴重だったが、ほとんど動かない絵で、アニメとしては評価できない。



2、CLAMP原作作品におけるアリス

 とはいえ平成前期においてOVAは無視できない。「不思議の国の美幸ちゃん」(1995.6.)は、本格的なアリス・パロディとしては、ほとんど日本初のアニメだったろう。昭和期のTVアニメに「タイムボカンシリーズ ゼンダマン」27話「不思議な国のアリス! ゼンダマン」(1979.8.)といったものもあるが、これはアリスと女王との「友情」を描いたむしろ教訓的な物語で、笑いの場面はほぼ『不思議の国』と無関係な部分にあった。
 「不思議の国の美幸ちゃん」は、表題作と「鏡の国の美幸ちゃん」の2部構成。「不思議の国」は、セーラー服姿の美幸が食パンをくわえて走っていると、スケボーに乗ったバニーガールが「遅れるぅ」と言いながら現れ、共に異空間へ落下。美幸は不思議の国で紅茶を飲んで小さくなったり、大きくなったりする。帽子屋と三月兎とヤマネは、いずれも女体でレズビアン。チェシャ猫も女体で美幸を押し倒したりする。薔薇も女体で色を塗るトランプたちは裸エプロンの姿。女王が「ひざまずいて靴をお舐め!」と美幸に迫ると、トランプたちは羨ましがる。追われて捕まったところで夢落ち。「鏡の国」は略すが、やはりいわゆる百合展開で、ブームに先駆けた感がある。ただ鏡世界に入った時に「へにくのみがかそこうよ」の文字が掲げられているのが、この種の作品には珍しい言葉遊びだが、逆順で書いてあるだけで鏡文字ではない。
 以上のようにOVAらしくマニアックな内容だったが、原作漫画を描いた女性制作者集団CLAMP(クランプ)は、歴としたアリス・ファンであるらしい。その代表作「カードキャプターさくら」のTVアニメ55話(3期9話)「さくらと不思議の国のさくら」(1999.11.)はアリスを大いにリスペクトしている。その回は冒頭、次のような朗読シーン 1 で始まる。
 「『なんだかとっても 不思議な気分だわ』/『きっと わたし 望遠鏡みたいに 小さくなって いるんだわ』/とアリスは いいました」「そのとおり わずか十インチほどに 小さくなったアリスは あの美しい庭に通じる扉に ぴったりになったと思い 顔がパッと明るくなりました」「すこしすると 遠くから パタパタと足音が 聞こえてきたので アリスは音のするほうを 見ました」「すると 白いうさぎがおしゃれをして 片手に白い革手袋 もう片方には大きな扇子を持って ひとり言をいいながら 大急ぎで走っているでは ありませんか/『おお 公爵夫人 公爵夫人を こんなにお待たせして きっと カンカンにお怒りだ』」「アリスは うさぎが近くを通るとき 小さくおずおずと 『あの すみませんが』と 声をかけました」(脚本 大川七瀬(CLAMPの一員))
 画像では『アリス』は厚みのある大判の本なのに幼年向け絵本のようなテクストなのが奇妙だが、このシーンではCLAMP自身による「絵本イラスト」も挿入される。一般にアリスの挿絵は必要以上に芸術的なものか、意外に稚拙なものも多い中で、出来の良い部類だろう。このあと「さくらと不思議の国のさくら」のタイトルが入って、本編。
 本編では、主人公・木之本桜が本の世界へ吸い込まれる。エプロンに赤い提灯ブルマ風ドレスでアリス役となる(黒靴下、頭のリボンと靴は赤)。主要キャラが、チェシャ猫、白兎、帽子屋、「トーイドルダム」と「トイドルディー」(ママ)、ハンプティ・ダンプティ、女王に扮して現れる(登場順)。『鏡』の要素が入っているのはディズニー流とも言える。チェスの場面でハンプティが空中に浮かんでいるのは「鏡の国の美幸ちゃん」の引用。
 なお、桜役の声優、丹下桜は子どもの頃からのアリス・ファンだった。このアニメより早くミニアルバム「Alice」(1999.3.)もリリースしている。といっても「Wonder Network -Rabbit version-」という収録曲の歌詞に「時間うさぎと思わず間違えて 君を追いかけた 僕のアリバイはね しろつめ草で作った花かんむり(中略)時計の針さえ 気まぐれに進み そんな不思議の森で逢えただけで(…)」とある程度で、アルバム全体は特にアリス・モチーフとも言えない。ちなみに丹下は「鏡の国の美幸ちゃん」にも出演している。
 また、平成末期に放映された続編「カードキャプターさくら クリアカード編」でもアリスには重要な位置づけがなされている。シリーズを通して『時計の国のアリス』という謎の本を巡って物語が展開される(第8話(2018.2.)では「不思議の国や鏡の国を書いた方ではないんですがすごく面白くて」と紹介される)うえ、18話(2018.5.)の冒頭ではキャロルの『不思議の国』の飛び出し絵本も登場する。この「立体絵本」でアリスの落下する場面が蛇腹の仕掛けになっているのはロバート・サブダ 2 に倣ったものだろう。



3、アリス回の系譜

 主にTVシリーズで「不思議な国のアリス! ゼンダマン」や「さくらと不思議の国のさくら」のように『不思議の国』や『鏡の国』を引用した特定の話数をアリス回、と呼ぶことがある。水着回や温泉回のような、あからさまなテコ入れではないにせよ、ある程度の視聴者の支持を得られる企画らしく、とりわけ近年は頻繁に制作されている。
 比較的早い例では劇場版「クレヨンしんちゃん 爆発! 温泉わくわく大決戦」(1999.4.)における「ふしぎの国のネネちゃん」がある。正確には同時上映の短編「クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉」中の1編であり、映画ながらアリス回と呼んでもよいだろう。もっとも、兎のぬいぐるみの後を追う点はアリスだが、泥レス、麻雀、花札など大人の世界のパロディである。
 「ケロロ軍曹」87話Bパート「モア ふしぎの国のモア であります」(2005.12.)も、ギャグ作品ながら複層的な設定が面白かった。高次元知的生命体たちが地球人を亡ぼすかどうかを会議する中で、もともと断罪者だが女子高生として生活しているアンゴル=モアの内的幻想世界を判断材料にする。モアが黒兎のあとを追いゴミバケツの中に落下すると、そこは茸の多く生える草原で、自らはエプロンに赤いドレスのアリス・スタイルになっている。アリス役がルーズソックスを履いている公的な作品(同人ベースのものでなく)は、これのみかも知れない。ケロロらカエル型宇宙人が、それぞれ黒兎、「怒り帽子屋」、三月兎、三毛のチェシャ猫、Mock Turtleに扮する。グリフォンは人間の着ぐるみ。桃華(ももか)というキャラがピーチ王女を名乗りトランプ兵と共にゴルフをしたりするが、『不思議の国』の女王であると同時に「スーパーマリオブラザーズ」〔1985.- 〕のピーチ姫をもじっている。黒兎だったケロロが巨大化して暴れるものの、最後は和解して大団円、知的生命体も判断保留を決定する。
 「桜蘭(おうらん)高校ホスト部(クラブ)」13話「不思議の国のハルヒ」(2006.6.)も、作品の登場人物が『不思議の国』のキャラクターに扮する話で、夢落ちだが、シリアス寄りの部分とギャグとのバランスがよく取れた佳作である。この点、原作漫画15話(「ホスト部inワンダーランド 不思議の国へようこそ」。《LALA》2004.4. コミックス4巻(2004.8.)所収)は番外編のようなお遊びで、趣向が異なる。アニメでは主人公のハルヒが機械仕掛けの穴に落下するシーンからして独自性があるが、キャロルの原典を大きく改変するだけでなく、例えば帽子屋と三月兎が「席はない」と言うとハルヒがあっさり立ち去ろうとし、帽子屋が「勝手に話を飛ばすな!」、三月兎が「冗談だってば! 席ならいっぱいあるでしょ!」と引き留めるように、原典を読み込んだ上でのパロディ作品と分かる。この作でのハルヒはセーラー服で、アリスの扮装はしてない。基本的に『鏡の国』の内容は盛り込んでおらず、双子キャラもダムとディーではなくチェシャ猫の役である。
 「アイカツ! アイドルカツドウ!」43話「不思議の国のアイドル!」(2013.8.)は、サブヒロインのひとりである神谷しおんがドラマ「不思議の国のアリス」のオーディションに挑む話。主人公・星宮いちごは兎の代役に抜擢される。その他主要キャラが三月兎、帽子屋、女王、トランプを演じる。ドラマは、アリスを帰したくない女王とクロッケーで対決したアリスが、夢をかなえるため元の世界へ戻るという筋。アリスの衣装は肩出しの青服ドレス(アリスファンタジーコーデ)。なお、133話(2015.5.)にはエンジェルアリスコーデなるアイドル衣装も登場する。ほかにヴァイオレットハッターコーデなどもある。
 また、続編である「アイカツスターズ!」60話(2017.6.)からはアリス・キャロルという落伍寸前のフランス人アイドル(金髪碧眼)が登場。79話「ハロウィン サプライズ☆」(2017.10.)には、そのアリス・キャロルが時計兎の仮装をし「忙しい、忙しい」とつぶやく場面がある。アリス・キャラと兎属性の融合の例として注目したい。
 TVシリーズ本編ではないが「ちびまる子ちゃん」のミツウロコCMに「不思議の国のまる子」編(2015.4.)というものがある。国民的アニメなのでキャラクター名で紹介すると、赤い服のアリスがまる子で、たまちゃんは三月兎(白兎風だが)。花輪君とヒデじい(花輪の執事)が帽子屋らしく、はまじがヤマネ。丸尾君・野口さんが芋虫。山田がチェシャ猫。女王は、みぎわさんで、ラスト近くで女王とトランプ兵(永沢・藤木・ブー太郎。模様はミツウロコ)に追われるのはディズニー流。
 女児に人気の〈プリキュア〉シリーズとアリスとの繋がりは「映画 Yes!プリキュア5 鏡の国のミラクル大冒険!」(2007.11.)からではなく「ドキドキ!プリキュア」(2013.2.-2014.1.)の四葉ありす(キュアロゼッタ)が最初だろう。この作品はトランプ・モチーフで統一されており、ありすはクラブのイメージである。いわゆるお嬢様キャラ。
 「キラキラ☆プリキュアアラモード」(2017.2.-2018.1.)には有栖川ひまり(キュアカスタード)というメイン・キャラが登場するが、30話「狙われた学園祭!ショコラ・イン・ワンダーランド!」(2017.9.)は文字通りのアリス回で、いちご野高校の「不思議の国 学園祭」が描かれる。キュアホイップが時計兎、キュアカスタードが卵、キュアジェラートがライオン、キュアパルフェがグリフォン、キュアマカロンがハートの女王。キュアショコラの妹・剣城みくがアリス(青服、肩フリルがピンク)という具合。敵キャラクターは「私もアリスの童話は知っていますよ」と言いつつトランプの一つ目の怪物をけしかける。
 「HUGっと!プリキュア」32話(2018.9.)は人魚姫のエピソードだが、アリスも少し顔を出す。キュアエトワールが人魚姫。キュアアムールが赤ずきん。キュアアンジュがシンデレラ。キュアマシェリがアリスの扮装(赤服エプロンドレス)で、主人公・キュアエールが老人姿の浦島太郎。
 余談ながら「スター☆トゥインクルプリキュア」(2019.2.- )の番組最後の「星座占い」占い師は山田ありす、である。
 女性向けソーシャルゲームのアニメ化「夢王国と眠れる100人の王子様」の9話「巻き戻るお茶会」(2018.8.)は、異世界を旅している女主人公(名前は無い)の一行が不思議の国「ワンダーメア」を訪れる話。マッドハッター、ハーツ、マーチア、キャピタ、ドーマウス、クロノ(白兎)、チェシャ猫といった名前の人物が登場し、それぞれ人気男性声優が演じている。中ではハーツが「なあ、お前がアリス? まじすげえ、アリスだ(…)伝承で聞いたアリスが目の前にいるなんて」などと言い、主人公が自分の世界の童話『アリス』の説明をするくだりが『鏡の国』のユニコーンとの会話を想起させて面白い。
 アリス回というわけではないが、やはり女性向け恋愛ゲームから生まれたアニメ「劇場版 ハートの国のアリス 〜Wonderful Wonder World〜」(2011.7.)も紹介しておこう。キャサリン・ニコルズの『アリスのワンダーランド』 3 では「『アリス』をモチーフにした漫画の中で最もよく知られているのが『ハートの国のアリス』(QuinRose)だ。この作品は同名の恋愛アドベンチャーゲームを漫画化したものである(同ゲームは小説やアニメ映画にも翻案されている)。」として、粗筋まで記載しているが、例えば映画は全国8館の上映であり、知名度はさして高くない。主人公はアリス=リデル(声は釘宮理恵)だが亜麻色の長髪に青服のエプロンドレス、縞の靴下。白兎はペーター=ホワイト、ハートの女王はビバルディ、チェシャ猫はボリス=エレイ、帽子屋はブラッド=デュプレ…といった人名があり、ティム・バートン監督の「アリス・イン・ワンダーランド」(2010.)を思い起こさせるが、ゲーム版は2007年発売だから、バートン版の影響というわけではない。芋虫に当たるのはナイトメアという人物。チェシャ猫は銃マニア、帽子屋はマフィアというように、わりに殺伐とした世界観である。当然、女王は首を刎ねろが口癖で、陪審員さえ「気にくわない判決を出したので、死刑になっちゃった」(ペーター)と聞いたアリスが、退屈し眠気を催す女王に代わり、裁判長となる場面もある。この映画ではアリスは元の世界に戻れないで終わる。全体にいかにもRPGをアニメにしたというような散漫さがあり、筋も分かりにくく作品の完成度は高くない。
 おとぎ話をモチーフにしたスマートフォン用RPGから生まれた「グリムノーツ The Animation」でもアリスは特別扱いされている。第1話「赤ずきんの森」(2019.1.)でも冒頭から剣を振るうアリスが登場する(青服に左右色違いの縞靴下)。エクスという男性主人公が、アリスという他に実在するキャラに「コネクト」して変身する設定が特徴的。変身バンクの決め台詞は「不思議の国の大冒険、いよいよ始まるのねっ」。ヒロインのひとりレイナはシンデレラや時計兎(作品内での表記は時計ウサギ)などに変身する。アリスはしばしば出演するが最終11・12話(2019.3.)が、いわゆるアリス回。その前に10話「オルレアンの聖女」(2019.3.)のラストでジャバウォックが顔見せして詩のような独白をする。「ジャバウォックを侮るべからず。食らいつく顎に、つかむ爪。ジャブジャブ鳥(どり)にもご用心。瞳に炎をゆらゆらと、現れたるはジャバウォック。タルジーの森より這い出しつつ、ワー、ギャー、ガーと襲い来る。」しかしキャロルの原典とは掛け離れた展開を見せ、11話「不思議の国のレイナ」では実在のアリスが不思議、不条理、不健全を取り締まる「風紀隊」の隊長として現れ、帽子屋ハッタや三月ウサギを捕らえようとする。レイナが「大人のレディーは、不思議なケーキをつまみ食いして、体を大きくしたりはしないと思うけどぉ?(…)大泣きして池を作ったりぃ、ずいぶんお転婆なレディーもいたものねえ」と突っ込むと、アリスは「なんで知ってるの? 私の封じられた過去、闇歴史を!」と叫ぶ。ハートの女王の裁判シーンのあと、女王が邪悪なカオステラーに憑依されていると分かり、レイナはシンデレラからアリスにコネクトしてカオスを倒す(この際はアリスが 2人になる)。「これが物語の本当の力なの? 空想に逃げ込む弱い女の子のままじゃ駄目、もっと現実と闘わなきゃと思って、不思議や不条理を取り締まって来たのに」と迷うアリスにレイナは「空想に逃げ込んだって、いいじゃない! 私は、偉そうな教訓とは無縁な、アリスの不思議の国の冒険が好きだった! そしてその思いが私をここへ導いてくれた。(…)あなたならやり直せる。あなた自身の、冒険の旅を」と告げる。しかし帽子屋がジャバウォックに変身して、舞台は「鏡の国」となり12話「誰も知らない童話」へ続く。アリスを吸収して、不思議の国と鏡の国の支配者になろうとしたジャバウォックは、レイナのアリスに斬られ、最終的にルートヴィッヒ・グリム(ヤーコプでもヴィルヘルムでもない)にコネクトしたエクスによって脳天を割られる。ジャバウォックの今際のきわの台詞は、「にっくき人間どもめ、貴様らには解らぬであろう、歌の中でしか存在できなかったこのわたしの怒りなど」であった。



4、アリスのコスチュームプレイとOP・ED映像

 前章で紹介した作品は、ほぼ全編かそれに近い形でアリスの役回りを演じる少女の姿が見られるわけだが、全体のごく一部、場合によっては一瞬のみアリスのコスプレが登場する話というのも非常に多く、これも広い意味ではアリス回と呼べよう。
 「カレイドスター」(2003.4.-2004.3.)は、サーカスにミュージカルやイリュージョンの要素を取り入れた「カレイドステージ」で成長していく少女たちを描く感動作だが、主人公・苗木野そらとトップスターのレイラは幼少期に「不思議の国のアリス」の演目を見て憧れたという設定があり、1話、13話(2003.6.)などに回想として「アリス」の劇中場面が挿入される。とりわけ重要なのは47話(2004.2.)で、かつて「アリス」を演じていたスターで盲導犬訓練士のドナが、そらに引退した理由を語る場面がある。皆が悪魔の心に染まっているように思えたと言うドナに、そらは「でも、アリスのステージは楽しくて、キラキラ輝いて、本当に素敵でした。私は、アリスだけは、ステージの上も裏も、笑顔にあふれてたって信じてるんです。争いも、憎しみもなかったはずだって」と訴える。ドナは周りを幸せにする盲導犬に接して考えが変わったと言い、「ステージに立つ者ならお客さんを楽しませたい、みんなを幸せにしたいっていう天使の心は、誰もが持っているはずだもの。(…)きっと、そらはステージを見ながら、みんなの天使の心を受け取ったのね」と答える。スランプ状態だったそらは、ここから「天使の技」に開眼するという展開。なお、そらのライバル的友人のひとりにアリスという名の少女も存在する。
 「吉永さん家のガーゴイル」(2006.4-6.)のDVD 映像特典 「不思議の国の和己」第一幕〜第五幕(2006.7-11.)では、吉永和己少年が青いエプロンドレスを着用する。1回が2分ほどの作品で、色々のおとぎ話を取り込んでおり、特にアリス・モチーフとも言えないが、女性的な男子、いわゆる「男の娘」のはしりとして注目される。
 ついでなので女装男子とアリスの関係を少しだけ眺めてみると、「マリア様がみてる 4thシーズン」(2009.1-3.)に登場する有栖川金太郎が、通称も「アリス」で見た目も性格も女の子という性同一性障害の持ち主である。まさにこの頃から男の娘という名称が一般化し、英語圏でもOtokonokoという単語を見るようになった。中国圏では「偽娘」と称し、アニメとは関係ないが2009年10月に発足した「愛麗絲(アリス)偽娘団」は、K-POPのコピーなどする女装集団で、2012年段階でメンバーは200人以上に及んだという。
 男の娘というほどではないがTVアニメ「ペルソナ4」19話(2012.2.)の高校文化祭でのクマというキャラの女装も青服のアリスだ。〈ペルソナ〉シリーズは元になったゲーム〈女神転生〉の頃から魔人アリスを活躍させており、それも踏まえた洒落かと思われる。
 令和期にアニメ化される音楽ゲームアプリ「アイ★チュウ」の有栖川ララ・有栖川ミミという双子も男の娘(5歳児)だ。
 「まじっく快斗1412」13話(2015.1.)では男女ペアの仮装スキー大会で「鏡の国のアリス」を演じたペアがある。男も青服のアリスの衣装で、男女が鏡写しという設定で滑走していた。この作は怪盗キッドを主人公とする、「名探偵コナン」(アニメ1996.1.- )の姉妹編だが、「コナン」のほうはしばしばホームズをネタにするもののアリスとの関係は薄いように思う。例えば工藤新一(江戸川コナン)は5月4日生まれだが、これはアリス・リドルの誕生日から来たものではなく、ホームズがモリアーティ教授と共にライヘンバッハの滝を落ちた日に由来している。「コナン」のアニメ本編にアリスへの言及があったかは把握し切れてないが、2014年に連載20周年記念で公式コラボ商品が売り出されたような例はある。そのグッズでは灰原哀がアリス、コナンがチェシャ猫、世良真純が帽子屋、キッドが白兎の扮装だった。
 干支をモデルにした短編ギャグ「えとたま」4話「兎目兎耳(ともくとじ)」(2015.4.)では、バトル場面で兎キャラが青服エプロンドレスに兎耳帽になる。懐中時計を見せ「タイムストップ」などと言うが、超スピードで動いているだけで実際は時間を止めてなかったという落ちが付く。兎と合体したアリスのパターン。
 人気作「ご注文はうさぎですか??」(2期)は、もともと(1期から)少女たちと兎というモチーフがあってアリス的だったのだが、10話(2015.12.)でシャロという高校1年の少女が被服部で着せられた青服は、トランプの4つのマークが入ったエプロンドレスで、兎のぬいぐるみも持たされることから『不思議の国』をはっきり意識していると分かる。
 腐女子(女性のオタク)の生態を描く「私がモテてどうすんだ」3話(2016.10.)でもアイキャッチ(CMの前後に挿入される番組タイトルクレジット。この場合はCM後)が『不思議の国』だった。アリス役は主人公で青服。茸の着ぐるみに入った人物が芋虫のぬいぐるみを抱えている点が少し面白い。他のキャラがチェシャ猫、時計兎、帽子屋。
 高校吹奏楽部の物語「響け!ユーフォニアム2」6話(2016.11.)では、学園祭の出し物で主人公のクラスがメイド喫茶「Cafe in Wonderland」を開店。衣装はトランプを配したエプロンに青いドレス、縞靴下で、頭のリボンは黒。
 あがり症の少女が演劇に挑戦する日常系コメディ「ひなこのーと」10話(2017.6.)では、劇中劇「不思議の国の不思議なお話」が披露される。公演の衣装決めの段階で主人公がバニーガールの服を着せられ、青いエプロンドレスのキャラと合わせると「『不思議の国のアリス』っぽい」などと言われるシーンもあるが、劇自体も赤ずきんとアリスを中心とした話らしい。しかし内容がほとんど描かれなかったのは残念。
 「ダメプリ ANIME CARAVAN」6話(2018.2.)は、王子たちのファッション対決で、一瞬、時計兎の扮装が描かれる。
 カルト的な作品では「ポプテピピック」5話(2018.2.)、9話(2018.3.)にもアリスと兎が登場する(後者にはヤマネなども)。ただ前衛的と呼びたくなる作風で話題をまいたにしては、ピンクの兎をアリスが笑いながら追う程度で、その短い登場シーンは比較的大人しい。ラディカルなギャグ作品として、一応『アリス』には敬意を払ってみたわけか。
 優しい悪魔たちの可愛い日常を描く「ベルゼブブ嬢のお気に召すまま。」11話(2018.12.)では、アリス風衣装を巡るマニアックな述懐がある。「アリスって水色のワンピースじゃないんすか?」「ベルフェゴールちゃんのワンピースは、テニエルが最初に塗った黄色のものでぇ、閣下(ベルゼブブ)の花柄はラッカムの挿絵からのインスパイアよ。でもガートルード(・ケイ)なんかは白一色にしたし、マクマナスは真っ赤なワンピースで髪型も変えてね、ロビンソンに至っては…」白い衣装ならケイより、まずマーガレット・タラントではないか等、突っ込みたくなる点もあるが、これほどニッチな話題を持ち出しても許される程度にアリスの認知度は上がって来たと言えよう。
 「私に天使が舞い降りた!」1話(2019.1.)では、女子大生の主人公が女子小学生にアリスのコスプレ(青服にエプロン、縞靴下。頭のリボンと靴は赤。手にはティーカップ)をさせて、写真に撮るシーンがある。主人公はコミュ障で、ゆるい年の差百合関係が指向されるなど平成末期を象徴するような作品だった。
 ダークファンタジーながら100万人を動員した劇場版「Fate/stay night[Heaven's Feel]U.lost butterfly」(2019.1.)では、メインヒロインである間桐(まとう)桜が急にドレス姿になり、茸や芋虫や兎の現れるメルヘンなシークエンスがあり、ファンに「不思議の国の桜」とも称された。が、これは桜の狂った心象風景で、続く衝撃的な展開のための前フリに過ぎなかった。ホラーへのアリスの応用と言える例。
 平成最後のアリス・アニメとなったのは「メルヘン・メドヘン」(2018.1-3.)の最終12話(2019.4.)であろう。作画崩壊が酷かったため10話で打ち切りになった後、令和の直前になって11・12話が放映にこぎつけた、いわく付きの作品である。魔法によるトーナメント・バトルが描かれる中、イギリス校のメンバーとして「アリス」が登場している(主役はあくまで日本校)。12話ではそのアリスが戦闘形態に変身するが、兎耳を付け腰には時計、トランプ柄の前垂れが付いたドレス、手には巨大なティースプーンという姿。兎その他の属性との融合パターンだった。原作小説には魔法書『不思議の国のアリス』と契約しているなど詳細な設定があるが、アニメではモブ的扱いで出番は少ない。なお、イギリス校のリーダーはアーサー・ペンドラゴンだが、〈Fate〉や〈ミリオンアーサー〉(ゲームを主体にアニメ化もされたシリーズ)と同様、アーサー王を女性化した日本的な事案である。
 以上、ひと通り平成期の作品を眺めて来たが、アニメ本編ではアリスと無関係でありながら、主題歌・副主題歌のアニメーションにアリス・コスチュームが描かれる場合もある。
 あまり古い例が思い浮かばないが(あえて言えば次章で話題にするアリス・モチーフ作品「アリス探偵局」「アリスSOS」「鍵姫物語」くらいか)、近年のいわゆる「飯テロ」アニメ(食事シーンが多く食欲をそそる作品)である「幸腹グラフィティ」(2015.1-3.)のOP(オープニング)「幸せについて私が知っている5つの方法」の映像がアリスの引用である。主役の女性2人が時計兎とそれを追う少女に扮しており、海のような水面をガラス瓶の中に入って漂うというディズニー流のシーンもある。
 《少年ジャンプ》連載のラヴコメディのアニメ化「ニセコイ」は「幸腹グラフィティ」とも制作スタッフが重なるが、2期「ニセコイ:」4話(2015.5.)のED(エンディング)にアリスを用いている。時計と兎とトランプと鍵のモチーフで、メインヒロイン桐崎千棘(ちとげ)の落下するイメージ・カットもあり、またアリスらしき少女(青服エプロンドレスに赤いリボン、赤い靴。黒のストッキング)と時計兎の描かれた絵本の画像もある。
 5分枠の短編アニメ「魔法少女なんてもういいですから。」(2016.1-3.)の2話以降のOP「夢色トリドリパレード♫」のアニメにもアリスが登場する。セーラー服で落下した主人公は青いエプロンドレス、縞靴下のアリス・スタイルに変身。主要登場キャラが帽子屋、ヤマネ、兎に扮し、画面には芋虫も描かれる。楽曲の後半はアリス・テーマから離れるが、ファンタジックな映像。
 駄菓子について蘊蓄を語る作品「だがしかし」(2016.1-3.)のED「Hey!カロリーQueen」(歌・竹達彩奈)の3話以降の映像もアリス・モチーフだ。このアニメは登場人物が少ないので主人公に恋するサブヒロインがアリス役(黒リボンに青服、白ストッキング)だが、時計兎もダムとディーらしき者もセイウチも花々もチェシャ猫も女王もメインヒロインの枝垂(しだれ)ほたるが掛け持ちで演じている。男性主人公は三月兎など。なお、ほたる役の声優、竹達彩奈は過去に「♪(おんぷ)の国のアリス」(2012.9.)というシングル曲も出しているが、歌詞に「ウサギみたい」「ティーカップの中」といった言葉があるだけで、さしてアリス的ではない。
 作品そのものがアリス・モチーフである「アリスと蔵六」(2017.4-6.)のOP「ワンダードライブ」、ED「Chant」の映像は当然アリスを意識しているが、OPが鏡に向かい合う主人公のカットを含み、EDが駆ける少女に一瞬、兎と時計をからませる程度で、あえて軽く触れるのみにとどめているようである。この作品については後述する。
 また、アニメ本編では全く関係なくとも、派生商品でアリスとコラボした作品は、前述の「名探偵コナン」のように少なくない。
 「機動戦艦ナデシコ」(1996.10.-1997.3.)のパチスロ版(2010.1.- )での新規演出「不思議の国のユリカ」などは比較的早い例か。人気キャラのホシノ・ルリが白兎。ヒロイン、御統(ミスマル)ユリカがアリス役で、王子と出会うというストーリー。そのドレスの色は黒、青、ピンクがある。
 「妖狐×僕SS(いぬぼくシークレットサービス)」(2012.1-3.)のDJCD「ラジオ・ド・章樫(あやかし)」(2012.9.)ではジャケットが主役2人によるアリスと帽子屋の扮装。アリスは青服エプロンドレスで「DRINK ME!」の瓶を抱き、帽子屋のシルクハットにはトランプの4つのマークが配されている。
 「進撃の巨人」(2013.4-9.,2期2017.4-6.,3期2018.7-10.,2019.4-7.)にも「一番くじ 〜進撃!巨人中学校文化祭の巻〜」(2015.12.)がある。その文化祭の出し物に「不思議の国のクリスタ」が含まれていた。姫キャラのクリスタがアリス役なのは妥当だろうが、リヴァイ兵長が時計兎であるのはギャグだろう。アリスは青服に頭のリボンは黒。他のキャラが帽子屋、チェシャ猫、ハートの女王。ただし主役たるエレンとミカサはアリス劇には出演してない。一番くじとはコンビニ、書店、バンダイの店舗などで買えるキャラクターグッズで、ハズレは無いが何が当たるかは運である。この頃はバンプレストが販売を担っていた(現在はBANDAI SPIRITSの事業)。「一番くじ カードキャプターさくら 〜SAKURA IN WONDERLAND〜」(2015.8.)では全面的にアリスにコラボしていたほか、ディズニーアリスをグッズ化することも多いのでコレクターには無視できないだろう。
 赤塚不二夫作品をリブートした「おそ松さん」(2015.10.-2016.3.,2期2017.10.-2018.3.)は、アニメ本編ではアリスを描かなかったが、例えば株式会社エクスレアより発売されたアクリルキーホルダー(2016.5,9.)など、グッズや公式のイラストで何度もコラボしている。携帯電話アプリゲーム「おそ松さんのへそくりウォーズ」(2016.2.- )中の「ニートの国のおそ松」(2016.9.)では、おそ松が赤服のアリス、カラ松が時計兎、チョロ松が芋虫、一松がチェシャ猫風帽子の公爵夫人、十四松が帽子屋、トド松がドードーであった。



5、アリスという名前

 アリスは『不思議の国』以来、おしゃまな「美少女」の代名詞であるが、ごく一般的な人名でもあり、フィクションの登場人物名としては、ありふれている。
 昭和期の日本アニメにおいても、「あらいぐまラスカル」(1977.1-12.)や「シートン動物記 くまの子ジャッキー」(1977.6-12.)で、主人公の友達としてアリスという少女が登場する。これらは別に『不思議の国』を前提したものではないだろうが、「ルパン三世」2期27話「シンデレラの切手はどこへいった」(1978.4.)のアリス・ヘンダーソンは、明らかに意識したネーミングだった(「笑い猫」の影絵や、幻想シーンではトランプ兵も現れるアリス回。男児に変装してアリスが「キャロル」を名乗るくだりもある)。
 昭和から平成に掛けてリリースされたOVA「破邪大星ダンガイオー」(1987.9.-1989.7. 全3巻)の主人公はミア・アリスという美少女だ。続編のTVアニメ「破邪巨星G(グレート)ダンガイオー」(2001.4-7.)にもキーパーソンとして登場するが、作品は未完のまま打ち切られた。アリスと超能力を結びつけた最初のアニメかと目されるが、アリスが姓名の姓のほうであるのは珍しい。
 平成最初のアリス・キャラとなったのは、「レスラー軍団〈銀河編〉 聖戦士ロビンJr.」20話「そんなのアリス?」(1990.3.)に登場したワンダー・アリスだろう。26話(1990.4.)には聖天鳥・グリフォンも出て来る。カネボウフーズの菓子「ラーメンばあ」と「ガムラツイスト」の食玩である「レスラー軍団抗争シール」のアニメ化作品だった。「ビックリマンシール」ほどの人気は無かったが、こうしたシールのコンセプトがRPGのブームとも連動し、やがてトレーディングカードゲーム(TCG)の興隆にも繋がっていくという意味では時代の落とし子である。もちろん平成という区分自体は偶然的なものでしかないが、そう考えるといくらか象徴的でもある。
 「アイドル天使ようこそようこ」の最終42・43話「不思議の街のアリスたちPART1」「PART2」(1991.1-2.)ではミュージカル「不思議の街のアリスたち」上演へ向けての少女たちの奮闘が描かれるが、『不思議の国』とは全く関係が無い。女優の吉秋久美子というキャラは「私もこの子たちと同じように、この街をさまよったアリス。今だって、そう」と、脚本を担当する。青春的な彷徨をする少女をアリスと呼ぶようだ。
 同時期放映の「魔法のエンジェル スイートミント」(1990.5.-1991.3.)ではOP主題歌が「不思議の国のスイートミント」だが、この歌詞もアリスとは関係しない。タイトルを決める際にアリスを意識したのは確かだろうが、この当時は正面切ってのアリス・モチーフ作品というのは少なかった。
 前世ブームを巻き起こした転生SF「ぼくの地球を守って」(OVA 1993.12.-1994.9. 全6巻)の主人公は、黒髪ロングの坂口亜梨子(ありす)。しかし原作漫画(《花とゆめ》1986.12.-1994.5.)は一世を風靡したが、アニメ版はさほど知られていない。
 日本とイタリアの合作アニメ「サッカーフィーバー」(1994.4.-1995.3.)にもアリスというキャラが登場する。サッカーの歴史を描いた作品でキャロルとは無関係だが、声優はホラーアクションゲーム「アリス イン ナイトメア」(2001.1.-)でアリスを演じる小林優子。
 「マクロス7」(1994.10.-1995.9.)のアリス・ホリディは、銀河ネットワークチャートのトップシンガーで、大人の女性ではあるがアイドル系のアリスと言える。
 NHK教育「天才てれびくん」内のアニメコーナーで放映された「アリス探偵局」(1995.4.- 1996.1.,2期1996.4.-1997.1.)では、男性主人公もイナバという兎で懐中時計を持っているし、ヒロインのアリス(小学5年生の人間の女の子)が『不思議の国』をモデルにしていたのは明らかだ。アリス・パロディとして初のTVアニメ・シリーズに当たるかも知れないが、子ども向けミステリで、キャロル的なモチーフは特に見られない。
 同じ「天才てれびくん」内の短編では「アリスSOS」(1998.4.-1999.1.)のほうが、アリス・ファンに響く内容を持っている。このアニメに登場するアリスは文字通りキャロルの童話の作中人物で、金髪にピンクのエプロンドレス姿。毎回「王様の国」「恐竜の国」などに誘拐されるか自ら脱走して(そのため童話のポスターや挿絵からアリスが消えて白抜きになる)、主人公・タカシとその仲間が彼女を連れ戻しに行くというストーリー。原作は中原涼のライトノヴェル〈アリス〉シリーズ 4 である。タカシは大のアリス好きで、1話では幼少期アリスの絵本を読んで「本を読む楽しさを知った」と語り、最終14話ではイギリス版、アメリカ版、ブラジル版、ヴェトナム版、韓国版など何十冊もアリス本を所有していることが紹介され、友人に「病気」と言われている。アリスの姿はフランス版絵本そのままだという。我々はこうしたマニアが多いことも知っているが、タカシが中学生で、ネットではなく古書店を利用していることを考えると、やはり重度のアリス・オタクと見られる。こうした人物が児童向け作品に登場したのは面白い。
 「ありす in cyberland」1話(1996.12.)は、ネットの発達が生んだ怪物(怪獣そのものの姿をしている)によるメモリバンク連続テロを描く。主人公・水無月ありすはピンクの髪の美少女で、仮想空間にダイヴするが、別に『不思議の国』とは関係しない。
 映画「機動戦士ガンダム 第08MS小隊 ミラーズ・リポート」(1998.8.)には語り手として情報将校アリス・ミラー少佐が登場する。ミラーの英綴りはmirrorではなく、Alice Miller。つまり元々は「粉屋」という姓で、 児童虐待の研究で知られるスイスの心理学者と同名だ。〈ガンダム〉とアリスの繋がりで言えば、小説『ガンダムセンチネル』(《モデルグラフィックス》1987.9.-1990.7.)で、主役機Sガンダムを操るAI、ALICEが、はっきりと『不思議の国』モチーフだったが、これはアニメ化されていない。あえて言えば「ガンダムビルドファイターズ」9話(2013.12.)の女子限定ガンダムバトル1回戦でヒロイン、コウサカ・チナのベアッガイとガンダムデコにより戦った相手がイマイ・アリスという名前だった。
 単に名前がアリスというだけなら、「デジモンテイマーズ」(2001.4.-2002.3.)の金髪ツインテールの少女アリス・マッコイ、映画「ドラえもん のび太とロボット王国」(2002.3.)で農作業ロボット・ロビーが働く家庭の娘アリス、「出撃!マシンロボレスキュー」(2003.1.-2004.1.)の英国少女アリス・ベッカム、「LAST EXILE」(2003.4-9.)のアリスティア・アグリュー少尉(愛称がアリス)、モンキー・パンチ原作の「シンデレラボーイ」(2003.6-9.)の女エージェント・アリスと、枚挙に暇がない。
 「学園アリス」(2004.10.- 2005.5.)では超能力そのものが用語として「アリス」と呼ばれている。「アリスと蔵六」では能力者を「アリスの夢」と名付けていたし、アニメ化されていないがスマートフォン用ゲーム「ALICE ORDER」(2016.1-12.)でも超能力少女一般をアリスと呼称していた。「学園アリス」の原作漫画(《花とゆめ》2002.9.-2013.6.)は、こうしたパターンの先駆と考えられる。
 似たパターンで「ローゼンメイデン」(2004.10-12.,2期2005.10.-2006.1.,新シリーズ2013.7-10.)では、アンティークの球体人形同士のバトルを「アリスゲーム」と呼んでいる。1期10話(2004.12.)での主役ドール・真紅の述懐を引用すると、「アリスとは、お父様(人形制作者)の中だけに生きる少女。夢の少女。(…)世界中のどんな少女でもかなわないほどの、至高の美しさを持った少女。そのアリスを追い求めて、形にしようとしたのが私たち、ローゼンメイデンのドールズよ。でも、1体つくり、2体つくり、何体つくっても駄目だった。私たちは、誰もアリスに届かなかった。だけど、アリスゲームに勝って全てのローザミスティカを集めれば、アリスになることができる。」アリスという言葉に、特異なこだわりが込められている。球体人形でアリスという耽美的な雰囲気が1970〜80年代の言説を思わせる作品。
 同様に「鍵姫物語 永久アリス輪舞曲(ロンド)」(2006.1-3.)でも「アリス能力者」同士がバトルして、心に秘めた物語を奪い合う。バトルは原作漫画やTVCMでは「アリスロワイヤル」と称されるが、アニメ本編では「アリスのお茶会」としか呼ばれない。その物語を集めると『終わらないアリス』という第3のアリスの書が完成するという。ただ、もともとのアリス物語の作者はルイス・キャロルではなくオルタナイト・L・タキオンという人物に設定されている。これは原作1巻(2004.8.)の後記によるとキャロルが「ロリペド」であるため避けたかのように読めるが、「鍵姫物語」自体が少女愛や兄妹のインセスト・タブーを題材にしたストーリーである。ヒロイン・有栖川ありすは男性主人公が物語の中で創造した人格で、一種のピグマリオン・テーマも含まれる。ありすらのバトルコスチュームは兎耳で、兎属性と融合した最初期の例だろうが、魔法少女風の衣装で、OP主題歌の映像と番外編の最終13話以外はエプロンドレスではない。アリス能力者には「ピーター・パン」やグリム童話などの属性を持つ者もいるが、設定的なものにとどまりアニメ本編では明示されなかった。アリス・リデルという能力者も現れるが、2作のアリス物語のみで才能を枯渇させたタキオンを見限り、彼を抹殺する(12話「The Evidence」2006.3.)。なお、リデルとは無関係にロリーナというキャラも出て来る(9話「Turtle's Story」2006.2.)。
 水の惑星となった火星の観光都市ネオ・ヴェネツィアのゴンドラ漕ぎを描く「ARIA」(2005.10-12.,2期2006.4-9.,3期2008.1-3.)には、アリス・キャロルという少女が登場する。のち「アイカツスターズ!」にも同名の人物が出て来ることはすでに触れたが、対戦型格闘ゲーム「レイジ・オブ・ザ・ドラゴンズ」(2002.6.- )の同名キャラが、作者キャロルと合体した人名の最初の例のようだ。
 ゼロ年代後半のアニメには「パンプキン・シザーズ」(2006.10.-2007.3.)の主人公アリス・L・マルヴィン少尉、「爆丸バトルブローラーズ」(2007.4.-2008.3.,2期2010.3.-2011.3.)のロシア人少女アリス・ゲーハビッチもいる。
 国家を擬人化した歴史コメディ「ヘタリア」(ウェブアニメ2009.1.…6期2015.10.)では、イギリスの女性がアリス・カークランドとファンの間で呼ばれている(2010年頃から)。男性版がアーサー・カークランドと仮に呼ばれていることから、こう名付けられたもので、アニメなどでは使われていないが、日本においても英国女性と言えばアリス、という観念があることが分かる。
 童話をモチーフにした学園物「オオカミさんと七人の仲間たち」(2010.7-9.)に登場する桐木(きりき)アリスは理知的な眼鏡少女だが、名前は『不思議の国』ではなくイソップ寓話の「蟻とキリギリス」由来。しかしアリスと思わせて置いて実は、という異化効果を狙ったネーミングではあろう。
 「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」(2010.7-9.)の希里(まれさと)ありすは赤髪の小学2年生、「異国迷路のクロワーゼ The Animation」(2011.7-9.)のアリス・ブランシュは金髪碧眼。いずれも少女の代名詞としてのアリスである。
 「神様のメモ帳」(2011.7-9.)はドラッグやマフィアなど重いテーマを扱う作品だが、少女探偵のアリスが活躍する。黒髪ロングで、不登校児だが中学生くらい。アニメではアリスとしか呼ばれないが、原作小説によれば紫苑寺有子(しおんじ ゆうこ)という名で、この実名と、SF作家ジェイムズ・ティプトリー・Jr.の本名アリス・ブラッドリー・シェルドンから「アリス」と称している。アニメ版の監督は桜美(さくらび)かつしで、これまでにも「アリスSOS」の1話演出、「PROJECT ARMS」(後述)9話絵コンテ、「ローゼンメイデン」4話絵コンテなどを手掛け、のちには「アリスと蔵六」の監督も勤めている。これらが必ずしも代表作とは言えないが、アリス・アニメとはなかなか縁が深い人物だ。
 TCG「カードファイト!! ヴァンガード」には、「ナイトメアドール ありす」というカードが存在する。巨大な自動人形で、相手に悪夢を見せることが出来るという設定。把握している限りでは、アニメの1期31話(2011.8.)・48話(2011.12.)、続編の2期「カードファイト!! ヴァンガードG ギアースクライシス編」19話(2016.2.)のカードバトルで登場する。いずれも巨体で描かれている。TCGの世界ではアリスというキャラは珍しくないが、TVアニメ化された例は今のところ、この作だけかも知れない。
 「C3(シーキューブ)」(2011.10-12.)に出演のアリス・ビブオーリオ・バスクリッハは、シスター服に眼鏡の大人の女性だが、「食人調理法(カニバルクッカー)」などの呪われた道具を用いて戦闘する。アリスという名前からの異化効果を狙ったパターン。
 「ハヤテのごとく! Cuties」(4期2013.4-7.)では主人公・綾崎ハヤテの初恋の人、天王州(てんのうす)アテネが、記憶を失い何故か幼女の姿で現れ「アリス」と名乗る。声は後述の「PandoraHearts」でもアリスを演じた川澄綾子。幼女と言えばアリスというパターン。
 「きんいろモザイク」(2013.7-9.,2期2015.4-6.)のアリス・カータレットは日本の高校に留学して来る金髪碧眼のイギリス人少女。1期1話「ふしぎの国の」ではエアメイルの差出人がアリスだと日本人の主人公に聞いた友達が「ふしぎの国!」と叫ぶ場面がある。
 「ふたりはミルキィホームズ」(2013.7-9.)は〈探偵オペラ ミルキィホームズ〉の3期に当たる作品だが新メンバーで明神川(みょうじんがわ)アリスが主人公のひとりとなる。ある意味ではホームズとアリスの共演だが、特にアリス・ファンに訴えかけるような話は無い。それよりもこのシリーズでは4期「探偵歌劇 ミルキィホームズ TD」5話「キャロルの身代金」(2015.2.)が注目に値する。「ミルキィホームズ」の4人の少女たちが映画のロケ現場へ行くと、主演のスター子役、キャロル・ドジソン宛に脅迫状が届いていた。解決を依頼されたホームズたちは珍しく簡単に真犯人へたどり着き、逆に真犯人を誘拐することを提案する、というストーリー。キャロルはもちろん女の子で、アーサー王や三国志の英雄、戦国武将などを女性化して来た日本のアニメ界は、とうとう「ドジソン」までも少女化してしまったかと感心したが、ほとんど話題にならなかった。
 「神さまのいない日曜日」に6話(2013.8.)から登場するアリス・カラーは男性。ルイス・キャロルを女性化するのと同様、アリスという名前も男性化されている。
 「アイカツ!」の項で書かなかったが、その44話(2013.8.)ではモアザントゥルーという劇中の男性アイドルグループが歌う「アリスブルーのキス」がEDに使われる。歌詞に「アリスは知ってる この世界からの抜け道を」とある程度で、他に『不思議の国』モチーフがあるわけでもないが、一応アリス・ソングと言えるかも知れない。
 似たタイトルで「SHIROBAKO」(2014.10.-2015.3.)の劇中アニメ「第三飛行少女隊」のテーマソングに「アリス・イン・ブルー」がある。歌詞には「アリスたちは高く空に遊ぶ」とあり、パイロットの少女をアリスと呼んでいる。
 また、劇中の男性グループが歌うという意味では「アイドルマスター SideM」の「前日譚 -Episode of Jupiter-」(1話の前週放映。2017.10.)で、Jupiterの持ち歌「Alice or Guilty」も挿入された。「街は歪んだLabyrinth」といった歌詞も含まれるが、取り立ててアリス・モチーフではない。
 タカラトミーの子会社トミーテックが展開するコンテンツ「鉄道むすめ」の一員に三陸鉄道の久慈(くじ)ありすがいるが、彼女はTVアニメ「RAILWARS!」の最終12話(2014.9.)に車掌長としてゲスト出演している。名前は北リアス線の久慈駅から名付けられたものだが、長い金髪に青い眼で、アリスを意識している。
 「アイドルマスター シンデレラガールズ」(2015.1- 4.,2期2015.7-10.)に登場する橘ありすは文字通りの少女アイドル。声も元AKB48の佐藤亜美菜が演じている。
 「血界戦線」(2015.4-6.,2期2017.10-12.)に少し出演するアリス獄長(アリス・ネバーヘイワーズ)は大人の女性で、異化効果を狙った例だろう。
 「飯テロ」アニメ「食戟(しょくげき)のソーマ」で、13話(2015.6.)以降レギュラーとなる薙切(なきり)アリスは、白い髪と肌に赤い眼という兎モチーフの人物である。
 この頃から、「俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」としてゲッツされた件」(2015.10-12.)の有栖川麗子(金髪碧眼)、「落第騎士の英雄譚(キャバルリィ)」(2015.10-12.)の有栖院凪(男性)、「SERVAMP(サーヴァンプ)」(2016.7-9.)の有栖院御園(みその)(男性)、「龍の歯医者」(2017.2.)の有栖川カンネと、有栖という姓を持つ登場人物が増えて来た。有栖院御園を主役とした映画に「「SERVAMP -サーヴァンプ-」-Alice in the Garden-」(2018.4.)もある。
 「ランス・アンド・マスクス」(2015.10-12.)のアリス・クリーヴランドは主人公に仕える従騎士で、やはり金髪碧眼の13歳。ただし脇役で、メインヒロインのほうがむしろアリス的なキャラだったが。
 少女たちが戦車同士の模擬戦闘を繰り広げる「ガールズ&パンツァー 劇場版」(2015.11.)には島田愛里寿というキャラも登場する。声は「学園黙示録」の希里ありすや「だがしかし」の枝垂ほたるも演じる竹達彩奈。なお、この映画には、T28重戦車をまるでバンダースナッチだと評する場面もある。
 ゲーム原作のSF「Rewrite」の5話(2016.7.)ED「サンブライト」には、歌詞の中に「不可思議な世界に迷い込んだアリスはワタシのことなの??」の台詞がある。
 絶望的な殺し合いを描くサヴァイヴァル物「魔法少女育成計画」(2016.10-12.)には、ハードゴア・アリスという不死身に近い魔法少女が出て来る。7話(2016.11.)では「不思議の国の真っ黒いヴァージョンみたいな子」と紹介されるが、実は善玉でゴスロリ系。
 アリスという作品の一般への浸透は、いつがピークということも特定しづらいが、ここへ来て一種の飽和状態に達したようでもある。そのひとつの兆候として、ちょっとした端役にアリスの名が使い捨てられる、という現象が生まれて来た。「TRICKSTER -江戸川乱歩「少年探偵団」より-」16話(2017.1.)では、凶悪な精神科医に殺された少女の名前がアリスで、その父母が精神科医の殺害を謀るというストーリーが展開された。
 「時間の支配者」3話(2017.7.)には「僕が中学に上がった頃のガールフレンドだったセント・ローラン高校のアリスは、こんな制服は着てなかった」などという、その場限りの台詞がある。中国資本の作品だが、これは世界的な流れか。
 「ID-0(アイディー・ゼロ)」(2017.4-6.)には猫耳の幼女アリスが登場する。東浩紀の提唱したいわゆる「データベース消費」 5 、各種属性(萌え要素)の組み合わせの実例だが、兎耳のアリスに比べても猫耳は必然性が薄く、行く所まで行った感はある。しかし、今後も似たパターンは増えるだろう(例えば熊とアリスの融合もあるかも知れない)。
 やや趣旨は異なるが、早押しクイズの競技を描いた「ナナマル サンバツ」6話(2017.8.)にもアリスの物語の浸透を感じる。ゲームセンターでのクイズ対戦を行なっていた主人公が、ジャンル「文学」で「トランプ」という最初のヒントから「不思議の国のアリス」と即答し正解する。「『不思議の国のアリス』か『スペードの女王』で迷ったんだけど、『スペードの女王』ならトランプってズバリなヒントが、もっと後で出ると思って」というのが主人公の説明。これが視聴者に共感されるためには、物語の大枠が知られている必要がある。
 「天使の3P!」6話(2017.8.)にはアリス・スティーブンソンという中年女性が出て来るが、主人公に向かって「アリスってよりは公爵夫人じゃないかって顔してるねえ」という言葉を投げかける。ここでも視聴者が『不思議の国』のキャラを当然知っているという前提で描かれていた。
 三宅島でレーシングニーラー(一般に言うサイドカー)の全国大会が開かれる「つうかあ」(2017.10-12.)では天野ありすというドライヴァーが出場する。アナウンスでは「音速のゴスロリドール、セレブレイシングクイーン」と紹介される。京都府内の高校生で京言葉をしゃべるなど、これも属性を盛れるだけ盛った人物。なお、このありすは英綴りでは何故かAlisuである。
 「魔法使いの嫁」(2017.10.-2018.3.)に登場するアリス・スウェーンは、不良少女ぽい外見で、元麻薬中毒の設定もあり、『不思議の国』のアリスからは遠い人物だが、作品自体が英国を舞台としたファンタジーであることから、意識して逆の人物に設計し、異化効果を狙ったとも考えられる。金髪ではある。
 5分枠の短編アニメ「ありすorありす」(2018.4-6.)では主役の双子姉妹が赤と青のエプロンドレスを着用し、兎も出て来るが、特に『不思議の国』モチーフは見られない。しかし、設定上は少女たちを「ありす」と称し(劇中で「ありす」と呼ばれるわけではない)、妹属性、メイド属性などを盛った日常系コメディである。
 人気ライトノヴェルが原作の「ソードアート・オンライン アリシゼーション」(2018.10. -2019.3.,2019.10.- )のヒロイン、アリス・ツーベルクは幼少期は青服エプロンドレスで、金髪碧眼とアリス的である。記憶を奪われ騎士となってからが言わば本編だが、成長後の物語はほとんど全く『不思議の国』と関係しない。実はこの世界「アンダーワールド」は仮想空間で、その住人は人間と同等の意思や感情を持つ人工知能なのだが、アリスは特にキーパーソンとなる。6話「アリシゼーション計画」(2018.11.)での開発の中心人物の述懐を引用すると、「それが問題の少女の名前だったんだ。恐るべき偶然に驚愕したよ。何故ならアリスとは、全ての計画の礎えとなったひとつの概念に与えられた名称でもあったからだ。(…)「人工高適応型知的自立存在」さ。Artificial Labile Intelligence Cyberneted Existence。その頭文字を取って、《A.L.I.C.E.》」仮想世界の人工知能を高度なボトムアップ型AI《A.L.I.C.E.》に進化させることが彼らの目的だった。それにしてもアリスは人工知能に女騎士などの属性を盛られた、あざといまでのキャラクターだが、原作小説でアリシゼーション編以後を描いた〈ソードアート・オンライン〉21巻『ユナイタル・リングT』(2018.12.)では、さらに猫耳の姿となっている。
 BL漫画が原作の「抱かれたい男1位に脅されています。」12話(2018.12.)では、敏腕プロデューサー卯坂と先輩の在須(ありす)の邂逅が一瞬、描かれ、サブストーリーの展開があるはずだがアニメではそれ以上の絡みが無かった(何故か兎とアリスのモチーフ)。2期があれば描かれるかも知れないが、アリスでゲイとは過剰な設定である。
 平成の最末期には「転生したらスライムだった件」20〜23話(2019.2-3.)のアリス・ロンド、「賢者の孫」(2019.4-6.)3話以降のアリス=コーナー(人名)と、異世界転生物で魔法を使う少女が脇役ながら登場した(どちらも金髪)。
 以上、アリスという人物名や通称を、できるだけ編年的に追ってみたが、時には人間以外のものがアリスと呼ばれる例もある。「ストラトス・フォー」(2003.1-3.)において中華料理屋で飼われているデブ猫の名が御厨アリス、「テニスの王子様」103話(2003.10.)では水槽の中のアロワナがアリスと呼ばれていた。「ガイストクラッシャー」(2013.10.-2014.6.)ではヒロインの操縦する万能飛行艇の名がアリスであった。



6、アリス・キャラの応用的引用

 アリス以外の『不思議の国』『鏡の国』のキャラクターたちへの扮装は、ここまでに紹介した作品にも多かったが、その名前が隠し味として用いられることもある。
 例えば昭和期の作品だが、「超時空世紀オーガス」(1983.7.-1984.4.)の主要登場人物で、触手を持つエマーン人の美少女、ミムジィ・ラース、同じくエマーン人女性のトーブ、人造人間の幼女モームの名は、ジャバウォッキーの第1聯から採られたものだ。竜族のジャビーは明らかにジャバウォックを原型にした容姿である。こうした引用の手法はSF作品に特に似合っている。
 1990年代末からいわゆる深夜アニメが活況を呈し、平成期日本のコンテンツを特徴づける形態となっているが、その比較的初期の作品で、「PROJECT ARMS」(2001.4.-2002.3.)というアリス・モチーフのSF大作があった。ナノマシン「アームズ」を身体に移植された高校生たちの戦いを中心に描いたもので、主人公の仲間のアームズには、ジャバウォック、ナイト、ホワイトラビット、クイーン・オブ・ハートの名前が付いている。敵方のアームズにはハンプティ・ダンプティ、グリフォンなどがある。例えばホワイトラビットには、圧縮空気を一気に噴出させ300メートル以上の跳躍が可能、といった特殊能力があるが、主人公の有するジャバウォックは破壊的で特異な存在とされていて、鬼のような人型の風貌にもなる。物語の後半では、実験体であった天才少女「アリス」が珪素生命体と融合してアームズが生まれた経緯なども説明される。施設に閉じ込められたアリスが心の糧にしていたのがキャロルの童話だったという設定である。
 やはり人気のSF作品の映画化「カウボーイビバップ 天国の扉」(2001.9.)では、黒幕の軍部が主犯のテロリストを追う時、ハンプティ・ダンプティと呼ぶ。コードネームとして、アリス・キャラを用いる例はSFに多い。例えば「交響詩篇エウレカセブン」でも登場人物同士の通信にコードネームを使う回がある。「こちらアリス、赤の女王へ! マッドハッターが逃げた」(8話。2005.6.)、「こちらアリス、三月兎、お茶会だ」(40話。2006.1.)などと無線で会話している。
 「PandoraHearts(パンドラハーツ)」(2009.4-9.)もアリス・モチーフとして知られるダークファンタジーだ。ここではアヴィスという異空間(Abyssだろうが、何故かウ点で表記する)で生まれた生命体を「チェイン」と呼ぶが、主人公のオズ少年と契約したチェインがアリスという美少女。チェインはトランプ、マッドベイビー、グリムと呼ばれる芋虫など、いずれも怪物の姿をしていて、アリスも戦闘形態では巨大な兎の姿「血染めの黒うさぎ(ビーラビット)」となる。アリスと兎を合体させた早い例だろう。他にグリフォン、チェシャ猫、マッドハッター、一角獣(エクエス)、獅子(リオン)、ジャバウォックなどのチェインが登場する。鍵となるオルゴールの曲名が「レイシー」(言及されないがAliceのアナグラム)だったり、オズの妹が飼っている猫の名前がスノウドロップだったりもするが、全体的には別に『不思議の国』『鏡の国』の物語に沿った展開ではない。原作漫画の途中までしか映像化されておらず、アニメは多くの謎が解かれないまま終わっている。
 「ポケットモンスターXY」(2013.10.-2016.11.)に登場のポケモン、デデンネは「眠り鼠」とも呼ばれている。
 「デート・ア・ライブU」(2014.4-6.)では敵方の量産機械兵器がバンダースナッチという名称である。「デート・ア・ライブV」5話(2019.2.)でも敵方が地上に落下させる人工衛星をハンプティ・ダンプティとコードネームで呼んでいる。
 遊園地再生の物語「甘城(あまぎ)ブリリアントパーク」(2014.10-12.)では2話・11話・12話あたりでキャストの中にトランプ兵らしきものが現れるが、これはアリス・モチーフとまでは呼べないかも知れない。
 「アリスと蔵六」(2017.4-6.)も注目すべきSFファンタジーである。超能力者もしくはその能力が「アリスの夢」と呼ばれていることはすでに触れたが、中でも主人公の紗名は思ったものを何でも生成できる強大な力を持ち、「赤の女王」の通り名がある。見た目は金髪でアリス的な少女が「赤の女王」である点は映画「バイオハザード」(2002.8.)も思わせるが、こちらはハートウォーミングな物語で、偶然出会った頑固親父、樫村蔵六と紗名が家族になる話だ。紗名は「ワンダーランド」という異空間が生んだ存在で本当は人間ではない。2話(2017.4.)では絵本の「赤の女王はお魚が大好きだから」という理由で、サカナから紗名と名付けられるエピソードがあるが、原作漫画由来の場面ながら、アリスの原典ファンには奇妙に思える箇所である(白の女王なら、まだしも分かるのだが)。アリス・モチーフは原作よりもむしろ薄まっていて、5話(2017.4.)に巨大なチェス駒が、9・12話(2017.6.)で小さな顔だけのチェシャ猫が、10〜12話で時計兎が出て来る程度であるが、12話のラストでは『不思議の国』の末尾の文章が引用される。
 「Caligula(カリギュラ)」3話(2018.4.)では三月兎という店でお茶会が開かれるが、アリスとは特に関係なし。
 映画「ペンギン・ハイウェイ」(2018.8.)には、四つん這いで濡れたような皮膚の怪物「ジャバウォック」が登場する。歯科医院の「お姉さん」の意識が不思議な大量のペンギンやジャバウォックを産み出すのだが、のちにジャバウォックはペンギンを襲う存在と分かる。チェス好きのお姉さんが、チェスが出て来るという理由で『鏡の国のアリス』を読んでから、悪夢を見るようになった。この悪夢がジャバウォックと関係しているらしいのだが、お姉さんの正体などはほとんど謎のまま映画は(原作小説も)終わる。エンドロールでは、この『鏡の国』は福音館書店版・生野幸吉訳とクレジットされていた。
 「シュタインズ・ゲート ゼロ」20話(2018.9.)では登場人物のひとりフェイリス・ニャンニャンが未来世界でレジスタンスメンバーとなり、コードネーム・チェシャ猫を名乗る。もともと〔ゲーム版では〕、このキャラは読心術を心得ており、その能力を「チェシャ猫の微笑(チェシャー・ブレイク)」と自称していた。
 「ソードアート・オンライン アリシゼーション」の1話「アンダーワールド」(2018.10.)では仮想世界への次世代フルダイヴ機を開発している企業が「ラース」という名前であることが明かされる。それを聞いたメインヒロインが「『鏡の国のアリス』に出て来る空想上の生き物と同じ名前だね。豚っていう説と亀っていう説があるけど」と応える。ラースが亀というのは肉筆回覧誌《Mischmasch》(1855.)のStanza of Anglo-Saxon Poetry. におけるキャロル自身の説明だが、5話「オーシャン・タートル」(2018.11.)でもラースの海上の基地がオーシャン・タートルと呼ばれ、そこを訪れた女性博士に「なるほど、確かに亀ね。顔は豚のようにも見えるけど」と評されている。この作品では仮想世界アンダーワールド側のヒロイン、アリスの名と、このラースの他には取り立ててアリス・モチーフは無いようだが、SF的雰囲気づくりにひと役買っているのは確かだろう。

 以上、網羅的に日本アニメへのアリスの浸透ぶりを見て来たが、取り分け平成後期における引用は夥しい量にのぼることを実感されたのではあるまいか。アリスの物語は、アニメの制作者側にとって必須教養なのはもちろん、視聴者にも広く共有されていることが分かるが、しかし疑問を差し挟めないこともない。例えばアリス・ソングひとつを取っても、日本にはアリス・ファンを納得させるものは存在せず、メジャーな歌は皆無なのである。キャロルの原典を完璧に忠実にアニメ化したような作品は存在しないし、パロディや引用にしてもどこか半可通な感じを与えるものが多い。むしろ独自性を重んじるクリエイターたちは正面からアリス・モチーフを扱うことを避ける傾向にあるようだ。それでも何らかの形で言及したくなるのがアリスという古典なのだろう。
 ただ、網羅的にとは書いたが無論取りこぼした作品も多いとは思われる。遺漏に気づかれた方は、筆者までご連絡いただくか、あるいは是非ご自身で論を組み立てて発表していただきたい。同時代的な受容史はアカデミズムでは評価されにくいものの、誰かが整理して置く必要がある。拙稿は論文というより資料として書かれたものであり、今後の研究の叩き台になってくれればと願っている。(2019.8.10.)

    1 引用は『アニメブックス カードキャプターさくら さくらカード編(3)』講談社〈なかよしメディアブックス〉64(2002.2.)から。原文 縦書き・総ルビ。フィルム・ブックだが実際に放映されたものと一字一句同じ。
    2 ロバート・サブダ作、わくはじめ訳『不思議の国のアリス とびだししかけえほん』大日本絵画(2004.11.)。原著は Simon & Schuster Children's Publishing(2003.11.)。
    3 キャサリン・ニコルズ、熊谷小百合訳『アリスのワンダーランド ―『不思議の国のアリス』150年の旅―』ゆまに書房(2016.8.)「アリスと日本」の章から。原著Alice's Wonderland A Visual Journey through Lewis Carroll's Mad Mad World, Race Point Publishing(2014.11.)。
    4 『受験の国のアリス』(1987.6.)、『地獄の国のアリス』(1988.4.)以下、特別編の『アリス大学附属中学校』(2000.8.)まで含めると35冊に及ぶシリーズ。〈講談社X文庫 ティーンズハート〉刊。『王様の国のアリス』がアニメ第1話「王様の国でSOS」。以下全て「〜の国でSOS」という題で『恐竜の国のアリス』が2話、『料理の国のアリス』が3話、『さかさの国のアリス』が4話、『卒業の国のアリス』が5話「サボテンの国でSOS」、『イジワルの国のアリス』が6話、『サラダの国のアリス』が7話、『お江戸の国のアリス』が8話、『神様の国のアリス』が9話、『妖怪の国のアリス』が10話、『うしろの国のアリス』が11話、『部活の国のアリス』が12話「サンタの国でSOS」、『テレビの国のアリス』が13話、『悪魔の国のアリス』が14話となっている(煩雑になるため発行年月は省略したが刊行順ではない)。
    5 東浩紀『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』〈講談社現代新書〉(2001.11.)第2章4節「萌え要素」、5節「データベース消費」。

    シリーズ名・叢書名は〈 〉、紙媒体の雑誌名は《 》、単行本タイトルは『 』で括った。
    人名などの中黒(・)、ダブルハイフン( = )は作品内の表記に従った。


    〔以下、大西小生の Facebook 2019年10月27日の日本ルイス・キャロル協会 第25回研究大会の記事(大会は26日)、末尾から引用。〕

    昨年〔2018年〕の大会は所用で欠席したのだが、専修大学・中垣恒太郎教授の講演は、私が今年の《MISCHMASCH》21号に載せた小論「平成期日本のアニメにおけるアリス・モチーフ作品」とかぶるところが多く、聴いて置きたかったな。
    会場で その《MISCHMASCH》最新号をもらったが、拙論は人形アニメの「Alice in Dreamland アリス・イン・ドリームランド」を忘却していたのが痛恨のミス。
    あと、「serial experiments lain シリアルエクスペリメンツ レイン」(1998.7-9.)の瑞城ありす、にも言及して置くべきだった。ほかにも遺漏は多いだろう。
    ウ点(ムーブメント→ムーヴメント)とか、編と篇とか、けっこう用字の不統一もあり恥ずかしい。このへんは できれば査読の段階で指摘してもらいたかったけど。
    〔なお、ウ点などは修正したが、人名の一部は作品内での表記に従いウ点を用いなかった。〕

    〔2020年 1月 1日up〕
    〔Facebook 2020年 1月 2日〕また、拙論「平成アニメのアリス」の遺漏が発見された。
    Webアニメ「モンスターストライク」の 1期28話〜29話(2016.6.)に闇属性のモンスター、アリスが登場。これは見てなかった。 29話「アリス・イン・マッドランド」では、アリスが兎のロケットパンチで倒される。
    〔2020年 1月 2日up〕
    その他
    「コードギアス 反逆のルルーシュ ナナリー in ワンダーランド」(OVA 2012.7.)
    「アリスインデッドリースクール・コンチェルト」(劇場公開 2017.10.)
    …などがある。

    〔最終更新2021年10月30日〕

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