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「チェシャーの、にゃんこちゃん」 アリスが、ちょっとびくびくして話しかけたのは、はたしてそんな呼び方が気に入るか、ぜんぜんわからなかったからだ。
(“Cheshire-Puss,” she began,rather timidly,as she did not at all know whether it would like the name )

puss = pussy は、小児的な呼びかけの言葉で 「ネコちゃん」、「ニャーニャ」。

犬の場合、4章末 にも登場したが、puppy になる。


ヴィクトリア時代、盛んに売られた安価な子ども向けの絵本、いわゆる チャップブック 〔chapbooks〕や トイ・ブック 〔toy books〕 には、『猫のティー・パーティ』 〔The Cat's Tea Party,Pussy Cat's Tea Party,Pussy's Tea Party 〕という題の本が数多くある。
(対して登場するのが犬の場合は、ほぼ必ず 『犬のディナー・パーティ』 だったようだ。  この差は、犬のほうが “高級” な動物だったことに対応すると思われる)。

キャロルがこれを意識したかどうかは証明しようがないが、その当時、
   Pussy Cat → Tea Party
という連想パターンがあったとすれば、6章末から 7章のお茶会への場面展開は、現代人が思うほど、ヴィクトリア期の子どもたちにとっては唐突でなかった、ということもありうる。
その当否はともかく、キャロル独特の空想と思われたシチュエーションが、そのころの絵本には珍しくないモチーフだったという例は少なくない。
特に動物たちによるパーティなどというのは、ありふれた題材である。
『鏡の国』の基調にマザーグースがあることは、よく知られているが、もっと広く、絵本一般の歴史の中にアリスものを位置づける必要があろう。


チャップブック (大衆本) は本来、17世紀頃から19世紀にかけ、チャップマンと呼ばれる行商人が売り歩いた、低い階層向けの粗末な絵入り本。そもそもは必ずしも子ども向けではなく、政治キャンペーンの冊子なども含まれていた。
19世紀前半には、ほとんど小型化したこともあり “豆本”と呼ばれることもある。
19世紀後半に大量印刷された絵本も、チャップブックと称されることがあるが、この頃には産業化が進んでいて、やや性格が異なっている。
トイ・ブックとは、現在ではポップアップ版のような仕掛け絵本のことだが、児童文学史では、主として19世紀後半に普及した絵本を指していう。
こちらは大型化の傾向にあり、ちょうど 『不思議の国』が出版された1865年の前後から カラー印刷が増えはじめる。
絵本を描く画家たちは、当初 トイ・ブックに名前を出すこと自体、嫌っていたが、チャールズ・ヘンリー・ベネット、 ウォルター・クレインランドルフ・コールデコット といった作家性のある画家(下図参照)が、こうした絵本の地位を向上させていった。

チャールズ・ベネット 画 『人間的性格に置き換えられた イソップほかの寓話集
〔The Fables from Aesop and others Translated into Human Nature〕』(1857.)
より、『アリス』出版以前の服を着たカエルの例 (坂井妙子『おとぎの国のモード
   ファンタジーに見る服を着た動物たち』 勁草書房、2002. を参照されたい)。
この 『イソップ寓話』の口絵は、動物の法廷に引き立てられる人間の図
同書には、ナイル河以来の家柄を誇るワニ、なども登場する。
C. Bennett Walter Crane


Randolph Caldecott


ランドルフ・コールデコット 画 『えっさか
ほいさ/赤ちゃんのおくるみ〔Hey diddle
diddle,and Baby bunting〕』(1882.)より、
駆け落ちするスプーンとお皿。
女王アリスのディナー・パーティで飛び
回る、皿やフォークを思わせる。
『鏡の国』 10章でも、キャロルの念頭に
はマザーグースがあったのか。

   (最終更新 2017年 4月25日)