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〔前略〕 たぶん陪審員よ」アリスは、このおしまいの単語を、2、3回 ひそかに、くり返して、とくいになっていた― 。だって、その意味を、ともかくも知ってる女の子なんて、同い年には、まず、いないとアリスは思ったし、それは、たしかにそのとおり。 もっとも「裁判員」でも、じゅうぶん、なんだけどね。
( “I suppose they are the jurors.” She said this last word two or three times over to herself,being rather proud of it: for she thought,and rightly too,that very few little girls of her age knew the meaning of it at all. However,“jurymen”would have done just as well. )

拙訳は、当初、“ たぶん陪審団よ」 〔中略〕 もっとも「陪審員たち」でも、じゅうぶん、なんだけどね。”としていた。
その訳は、これはこれで気に入っていたのだが、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律案」=通称「裁判員法案」の閣議決定(2004.3.2.)を受けて、改訳。  (その後、裁判員法は、2009年5月21日から施行された。)

ただ、厳密には、陪審制イコール裁判員制度ではない。
陪審制は、陪審員が有罪か無罪かを決め、裁判官が刑期などを決める、いわば分業制。
裁判員制は、裁判員と裁判官の協議制で、有罪・無罪の「評決」も、量刑の「判決」も、両者の協議によって決まる。

その意味では裁判員制度普及後も「陪審員」という翻訳は残ってよいし、残るだろう。
12章最後の王と王妃とアリスのやり取りは、この制度を知らなければ理解しづらい。


参考訳

岩崎民平訳 “「陪席員たちだと思うわ」 〔中略〕 しかし「陪審の人たち」でも結構間に合ったのです。”

田中俊夫訳 “あれがきっと陪席審理員。」 〔中略〕 でも、「陪審員」とかんたんに言っても同じことだったのです。”
生野幸吉訳 “「陪席審理員だと思うわ」 〔中略〕 それはたしかにその通りでしたが、「陪審員」といっても同じことだったでしょう。”
芹生 一訳 “「陪席審議員だと思うわ。」 〔中略〕 でもね、〈陪審員〉といったってちゃんと通用したでしょう。”

定評ある過去の翻訳者たちも、いかに既訳を前提に訳していたか、よく解る。
芹生一は次に挙げる福島正実訳をも踏襲している (芹生は意外なほど福島訳を利用している。逆に言えば福島訳も 一時期のスタンダードとして、のちの翻訳にかなり影響したと知れる)。
福島正実訳 “「たぶん、あれは陪審員(ジュアラー)よ」 〔中略〕 でも、陪審がかり(ジュアリーメン)といったって、けっこう通用したのですが。”
北村太郎訳 “陪審員(ジュアラー)だよ、きっと」 〔中略〕 たしかにそうだけど、陪審人(ジュアリメン)ということばでいっても同じ意味なのさ。”

石川澄子訳 “陪審員らしい。」 〔中略〕 とはいっても、そんなに難しくいわなくとも、裁判にたちあって意見をいう人たちでも、けっこう通用したでしょう。”

拙注(2004年3月 記)以後の翻訳も挙げて置く。

楠本君恵訳 “「たぶん、陪審員だわ」 〔中略〕 でも、「評決者たち」といっても通じたと思いますが。”
久美里美訳 “「陪審員ってことね」 〔中略〕 仮に「裁判員」と言ったところで、じゅうぶん伝わったにちがいない。”

拙訳では、ここのアリスの言葉に登場する juror のみ「陪審員」と訳し、他は「裁判員」としたが、久美里美は ここの jurymen のみ「裁判員」とし、他は全て「陪審員」と訳す。 そのほうが合理的なのだが、一箇所だけに「裁判員」を使うと 却って別の語を使った違和感も生じるようだ。
木下信一訳 はアリスのセリフの jurymen のみ「陪審員」と訳し、juror,jury を全て「陪審」に統一した点が巧いが、これは古風さを装った翻訳でないと使いづらい手かも知れない。

(最終更新 2015年 5月 2日)