| Home|

ウミガメ・フーミに、いわくあり(The Mock Turtle's Story)

storyというのは単なる「お話」ではなく、そのヒトの履歴のようなもの。実際、9章後半ではthe Mock Turtleの出生の秘密と、学生として まなんだ課目が話題となり、良い学校に通ったことを しきりに強調したりする。つまり、ここでのstoryは、ほとんど「生まれと育ち」「氏素性(うじすじょう)」というに等しい意味。拙訳はちょっと個性的すぎるが、せめて「生い立ち話」くらいには訳してもらいたいもの。
storyだから「物語」でいいというのなら(すでに“(人名)'s Story”を「…の物語」とする翻訳伝統があるから、誤訳とは呼べないにしろ)、翻訳ソフトで、ことは足りる。


「ウミガメ・フーミ」という訳は、もちろん柳瀬尚紀の名訳「ウミガメ・フー」にちなんだもの。
ただ「フー」は、フー・マンチューみたいで面白いものの、日本語としてはやや、すわりが悪い。柳瀬訳を引き継いだ宗方あゆむ訳(1992.)や さくまゆみこ訳(1997.)が「ウミガメフウ」としたのも少しでも安定感を出そうとしたのだろう。
「フーミ」はムーミンみたいで、かわいいと見るか、間が抜けていると見るかは意見の分かれるところだろうが、料理で「〜風」と付くのは、地中海風、四川風のように地名であることが多い。似せた味なら「風味」のほうが、より多く用いられるだろう、と考えて、微修正させていただいた。

歌手の谷山浩子は、拙訳が up される以前、the Mock Turtle に「ウミガメ風味」の名を与えていた。
2002年7月に「幻想図書館 Vol.2〜不思議の国のアリス」というライヴを行い、これは矢川澄子訳を基調とした朗読劇に、ミュージカル的なヴァラエティを加えたものだったようだが(東京グローブ座NHK大阪ホール)、 その中で「ウミガメ風味」を登場させている。
ただし拙訳第 1稿は、このコンサート以前に完成している。 高山宏教授ほかに拙稿を送りつけるという、不遜なことをやってのけたのは2001年 5月なので、〈幻想図書館〉と無関係だと証明しようと思えば、できないことはない。
公衆の前で発表したという意味で、プライオリティは谷山浩子にあると言っていいだろうが、 『アリス』に思い入れの深いアーティストと訳語が重なったことは、むしろ光栄に思う。 →(詳細)

〔大西が「ウミガメ・フーミ」の訳語を使っていることは、谷山浩子氏について書き加えた2004年3月、ご本人に連絡した。 折り返し、ファンが失礼なことを言ったのではないかと同情のメールをいただいたが、 仮にふざけたことを言った人がいたとしても、それは別に谷山ファンでないことは明言しておく。〕

追記。島本薫訳 『『不思議の国のアリス』を英語で学ぶ』(国際語学社、2014.)でも“海亀風味”という訳語が採用された。

(最終更新 2014年 5月25日)