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アリスはほんの数ヤード先の木の枝に、チェシャ猫のいるのを見て、びくッとした。
 猫はアリスを見て、にッとしただけだった。気立てはいいみたい、とアリスは思う。   でも、つめはとても長いし、歯もぎっしりはえてる

( when she was a little startled by seeing the Cheshire-Cat sitting on a bough of a tree a few yards off.
 The Cat only grinned when it saw Alice. It looked good-natured,she thought: still it had very long claws and a great many teeth,)


Cheshire_sitting
チェシャ猫 は不気味な存在として描く画家も かなり多い
が、キャロルは 『子ども部屋のアリス』 9章で、陰性の イ
メージを打ち消すことに努めている。

  The Cat has a very nice smile,no doubt : but just
look what a lot of teeth it's got!  I sn't Alice just a
little shy of it?
  Well,yes,a little . But then,it couldn't help having
teeth, you know : and it could have helped smiling,
supposing it had been cross. So,on the whole,she was
glad .
(ネコは、とてもすてきな えがおを見せていますね。 でも、
ごらんなさい、なんてたくさんの歯があるんでしょう! アリス
はちょっぴりこわがってるんじゃないでしょうか? まあ、そう
です、ほんのちょっぴりですけどね。 でも、ネコとしても、歯が
ないというわけにはいきませんからね。それに、もしおこって
いるんだったら、こんなふうにわらわないでしょう。 ですから、
まあ、アリスは、だいたいにおいて、よろこんだのです。
                       〔高橋康也・迪訳〕)

『子ども部屋』 8章でも、you've never seen a nicer Cat
「これほど素敵な に会ったことはないんじゃない?」 と、
書いている。


オズボーン・コレクションなどで見ることのできる初版の
『子ども部屋』 では、初期のモノクロ図版と同様、アリスの
横顔が少し のぞいているが、刷り直された新ヴァージョン
では、左の絵のとおり、アリスの後ろ頭しか見えない。


チェシャ猫の座っている樹については、イラストをクリック。

樹の根元に咲いている花は、Foxglove。
和名も、直訳で 「キツネノテブクロ」。
ラテン語(学名)由来の 「ジギタリス」 と、ほぼ同義で用い
られている。
 
Fox-Glove

キャロルは、どうして「キツネノテブクロ」 と呼ばれるか解るかな、と 『子ども部屋
のアリス』 で幼い読者に語りかけた。

Perhaps you think it's got something to do with a Fox? No indeed! Foxes
never wear Gloves!
  The right word is “Folk's -Gloves.” Did you ever hear that Fairies used to
be called “the good Folk ”?

「おそらく何かキツネと関係があると思ってるんじゃないかな? 違うんだ! キツ
は手袋なんて、はめたりしないよ!
 正しくは Folk's-Gloves 「妖精の手袋」 というんだ。妖精のことを the good Folk
「いいやつら」 と呼んでいたって、聞いたことあるだろ?」

つまり、キャロルは Foxglove の語源を 「妖精の手袋」 の転訛と説明している。
なるほど、この花は witches' thimble 「魔女の指貫き」、fairy caps 「妖精の帽子」
にも例えられ、魔法の世界のイメージを持っていることは確かだ。
この植物は毒性が強く、不吉なイメージもあるが、キャロルは good Folk の用例に
よって、それを打ち消している。

キツネノテブクロは、子ブタを抱くアリスの図、アオムシと出逢うアリスの図 にも描
かれており、 テニエルが “不思議の国 ”を、フェアリー・ランド と捉えていたことの
証左となろう。