アリス探偵 2005 File:1

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 これだけ多くの邦訳についてああだこうだ書いてると、さすがに小生に、どの翻訳が好きですか、なんて聞いて来る人はない。  いや、自分で訳してるから、聞かれないのか。そりゃそーだな。過去の翻訳に完全に満足なら、わざわざ訳す必要もないわけだ。
 もちろんどの邦訳にも(拙訳にも)一長一短あるわけだが、しかし実は好き嫌いってのは自分の中では、かなりハッキリとある。  画一的なリストを作るためには、そのへん押し殺してる部分もあるわけだ。リストでコメントのついてない訳が嫌いというわけじゃない。 むしろ好きなやつが多い。〔その後、かなり書き足したから、コメントのついてない訳者は減った。〕 まぁ完訳本については、はばかりも多いし、それより、好きでも誤訳まがいが多くて人には推薦しづらい、みたいなのもあるんで、おいおい語るとして、 ひらがな童話で好きなのを 3人挙げるとすると、浜田ひろすけ訳、野上彰訳、まど・みちお訳だな。
「ぞうさん」のまど は、童謡好きとか現代詩好きみたいな人なら誰だって知ってるし、比較的ウケがいい。あと今でも入手しようと思えば、そんなに難しくない。 というような意味もあって入れたんで、めちゃくちゃ好きか、というと、それほどでもない。巧いな、とか、いかにもまど・みちおだな、と好感を持つ程度。
 浜田ひろすけのは沢田重隆の絵がいいのと、今読むと、超訳なとこが面白い。チェシャ猫なんか笑いを残して消えるんじゃなく、「あっはは にゃあ あっはは にゃあ」と特異な笑い声を残し、ひらりと木の枝から飛んで消える。 こういう話は私家本でも書いたけど、全体に、いいぐあいに間が抜けた文章で愉快だ。小生はすごく好きだが、一般のアリス・ファンに薦められるかは疑問(笑)  “訳”ってのも変だな。楠山正雄訳とかを基本にリライトしただけかも知れない(もちろん浜田も英語はできるけど)。
 そんなわけで、ふつうのアリス・ファンにも楽しく、小生も好きなのは、たぶんあまり知られてない野上彰訳ということになる。
 本文訳にもひとつだけ注を入れてるが、けっこう小生、このリライトから訳文の発想を得ている。
 ひらがな童話といってもけっこうヴォリュームあるけどね。昔は子どもが活字に飢えてたのか…。

 さて、その野上彰だが、人となり、を説明するのが、また難しい。アリスの翻訳者には八面六臂の人が多いんだが、野上なんて典型だ。  童話好きはたぶん、川端康成と共訳の『ラング世界童話全集』くらいしか知らない。 これは〈偕成社文庫〉だと2044〜2055の全12巻という長大なもんだ(ちなみに芹生一訳の『ふしぎの国』は2063番、『鏡の国』は2065番。2064番は松谷みよ子の『さぶろべいとコブくま』という全然知らない話)。 一般にはせいぜい川端康成の弟子くらいのイメージなんだろうな。マザーグース・ファンは創元社の『世界童謡集(英米編)』(1955.)を知ってるかも知れない。 SFや冒険小説のファンはバローズつながりで『ターザン』の訳者として知ってるが、野上がどういう人かはまるで知らない。
 これだけでも、そこそこの働きをした人のように思えるが、以上のような話は、たぶんネット上で最も読まれている、このページの野上彰の概説的人物紹介には全く出てこない。
 野上が「オリンピック讃歌」を訳したのは東京オリンピックの昭和39(1964)年だが、昭和31年には東京シャンソン協会会長にもなっている。 童謡もけっこう手がけてると思うんだが、一般的な作詞では森繁久弥の「銀座の雀」あたりが有名らしい。
 そういうレコードやボーカルスコアなんかも含む小展覧会「春の収蔵品展  鬼才・多彩・多才 野上彰」が徳島県立文学書道館で4月10日まで開催中。という情報が載せたくて長々と書いてきたんだが、まぁ小規模展なので徳島県民以外は行く価値あるか疑問。小生もとうてい行けそうにないし。 しかし文学書道館のサイトにすら、ほとんど何の情報も載ってないってのはどういうわけだ。徳島生まれの文人ってことで、肉筆原稿とかコレクションしてるのに、宣伝しようって気がないんだな。 そのくせ寂聴の顔なんぞ載せて、竹宮恵子展なんか企画してんじゃねーよ。 知られてない人ってのは、そういう扱いになるのか。
 ま、小生もそんなには知らないんだけどね(笑)  著書もいろいろあるんだが、川端康成の弟子ってことだけは、たいていの本に載ってるから同一人物と分かる。そうでなきゃ囲碁、将棋関係の本なんて別人の作と疑ってたところだ。   〔 4月 1日〕

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