ちまちま とぶよ/おそらの こうもり(twinkle,twinkle,little bat!)
多く「光る、輝く」の意味で用いられるが、twinkle は「またたく、ひらめく」さまをいう擬態語である。
この詩の場合、夜空にきらめく星が、コウモリの羽がパタパタと、はばたくイメージに取って代わられる。
といっても特に暗いイメージはなく、ゴム動力で飛ぶ おもちゃ“こうもりボブ”もキャロルの小道具のひとつだった
(トーヴェ・ヤンソン描く『不思議の国』のイラスト(1966.)には、やけにコウモリが飛びかい、逃れがたい終末感のようなものが、にじみ出ているが)。
twinkle は戦前の翻訳では「ひらり、ひらり」など、はばたく意味のほうが重視されていた。*
戦後はたいてい「キラキラ光る」だけで訳し、詩の後半の Like a tea-tray を 「(キラキラする)銀トレイのように」として納得させたりするが、a tea-tray が「銀盆」であるという保証は別にない。
もしや〈黄金バット〉以来、コウモリが光るという現象は不思議でも何でもなくなったのか?**
ただ、海外でもグィネッド・ハドスンの 2色刷イラストのように、コウモリを光らせる解釈は存在する (上図)。
戦後の訳では田中俊夫(1955.)の「チラリ、チラリ」などが twinkle の本来の意味をかろうじて残していたのだが、面白いのは中間的な表現を採用した高橋健二訳。
『ちらり、きらり、コウモリさん、
おまえは、なにをしてるやら。』
〔中略〕
そのとき、ネムリネズミがからだをゆすって、ねむったまま、「ちらり、きらり、ちらり、きらり。」とうたいはじめました。
* 後注。当初は「燦然」(丸山英観、1910.)などと訳されていたが、大戸喜一郎(1926.)が初めて「ひいらり、ひらり」と訳した。
高屋一成「マザーグースと日本」を参照のこと〔安井泉編著『ルイス・キャロル ハンドブック アリスの不思議な世界』七つ森書館、2013.、231-2頁〕。
** 筆者の頭にあったのはヴィデオで観た戦後のアニメ版で、戦前からの紙芝居でコウモリが光っていたのかどうかは知らない。が、そもそも〈黄金バット〉命名の由来が煙草のゴールデン・バットだそうだから、金色のコウモリ自体は古くから存在したようだ。
なお、この詩については、宗宮喜代子『アリスの論理』(NHK〈生活人新書〉、2006.)75-8頁の解説が詳しい。
このパロディの元となったジェイン・テイラーの原詩‘The Star’(1806.)はガードナー『詳注アリス』をひもとくまでもなく、現在も多くの書物で見ることができる
(Web上では『UNDERGROUND RESIDENTS』−「ALICE STORY」−「Nursery Rhymes in Alice」の中で、訳詩をつけて紹介している)。
現在歌われるメロディは、フランスの古謡をベースにしたものらしい。
拙訳の元にもなり、誰もが知っている「きらきら星」は武鹿悦子(による名訳だ。武鹿は『不思議の国』の幼年向けリライトにも手を染めた。
なお、和田誠 訳 『またまた・マザー・グース』(筑摩書房、1995.→文庫版 『オフ・オフ・マザー・グース』 2006.)には押韻を生かした訳が載っている。
『不思議の国』が出版された1865年に、ヘンリー・レズリー〔Henry Resriy〕の楽譜 『わがために歌う小曲集』(右図)に描かれたエヴァレット・ミレイの挿画には、アリスの面影がある。
この相似にはラファエル前派との同時代性、とりわけミレイの絵との近親性を考えさせられる。
(『鏡の国』 3章の車中でのアリスの服装が、ミレイの「はじめてのお説教〔My First Sermon〕」(1862-3.)、「2度目のお説教〔My Second Sermon〕」(1863-4.)と同じであることは、よく知られている。)
高橋康也教授は『アリスの絵本』(1973.→『アリス イン ワンダーランド』1976.→『ルイス・キャロル詩集』1977.12.)の訳詩に注を付し、次のような指摘をしていた。
ところで、ビートルズのヒット曲「ダイアモンドをもって空を飛ぶルーシー」(Lucy in the Sky with Diamonds)は、LSDのアナグラムとも、また作詞者ジョン・レノンの娘が描いた友達ルーシーの画からの発想ともいわれているが、実はノンセンス詩人レノンが童謡と『アリス』を混ぜあわせて創り出したイメージではないだろうか。
〔引用は『ルイス・キャロル詩集』による。『アリスの絵本』では Lucy with Diamonds in the Skyと書き誤っている〕
『ノンセンス大全』(1977.1.)では教授は次のように書いている。
《L・S・D》をアクロスチック風に読みこんだ隠密な麻薬体験の歌であるという解釈は、ビートルズのこうした超絶技巧を買いかぶったご愛敬であるが(実際にはジョンの幼い息子が学校で描いた女友達ルーシーの空を飛んでいる絵がこの歌の由来である)〔「ジョン・レノンセンス論」〕
要は高橋教授のような碩学も、修正を繰り返す、ということ。
‘I am the Walrus’と、『鏡』の「セイウチと大工」の詩との関係を指摘したのは、日本では東野芳明 「『アビイ・ロード』の行方」(《ユリイカ》1973.1.号 →『曖昧な水 レオナルド・アリス・ビートルズ』現代企画室、1980.所収)が早いようだ。
『UNDERGROUND RESIDENTS』−「RECORD COLLECTION」−「SOUND GARDEN/DRUG QUEEN ALICE」−「サイケの国のジョン・レノンセンス」参照。
→マザーグースとの関連は、『大好き!マザーグース』−「パロディ」−「ビートルズ」を参照。
『もっと知りたい マザーグース』で知られる鳥山淳子氏は‘I am the Walrus’に、7つのマザーグースを読みとる。
(最終更新 2013年 4月15日)